第156回 落語「目黒のさんま」、『中村勝宏の魂の食対談』、銀座に進出した鮨「八左ェ門」、桂歌丸の復活、映画「ステーキ・レボリューション」、「出口裕弘さんお別れの会」

×月×日 大井町駅前にある「きゅうりあん大ホール」で「柳の家の三人会」。柳家の精鋭噺家三人が競演する。柳家喬太郎の「転宅」、柳家三三の「甲府い」、柳家花緑の「目黒のさんま」。
 花緑は、長髪から短髪にして、噺家らしくなった。やはり、今までの髪型は、「噺家らしくなかった」という声もあったことを、本人も認めている。髪型を変えたのは、芝居に出演したためらしいが、前座時代から28年ぶりとのこと。本人は、「噺家らしさ」よりも「自分らしさ」を追求してきたからだという。最近は、「噺家らしさ」と「自分らしさ」がシンクロして、楽しみながら短髪生活を送っていると、チラシにあった。
 そんなことは「本人の勝手」だ。どこか理屈が鼻につくし、毎度決まって、祖父(5代目柳家小さん)の話をするのはいい加減うんざりだが、「人間国宝小さん」と言っても、知らない人が増えてきたから、やむを得ないのかもしれない。持ち前の懸河の弁は、相変わらず迫力がある。天賦の才といってもいい。しかし私には、身に着いた「あざとさ」が気になってしまう。説明しづらいが、浅田次郎氏の小説に見られる「うまさ」に似ている、といったら理解してもらえるか。

×月×日 1979年に日本人としては初めてのミシュランガイドの星(パリの「ル・ブールドネ」で、一つ星を4年間守り続けた)を獲得した中村勝宏シェフ(ホテルメトロポリタン・エドモント統括名誉総料理長)から、『中村勝宏の魂の食対談』(オータパブリケーションズ)の恵投を受けた。
 対談のお相手は、フランス料理のシェフは言うに及ばず、和食、中華、パティシェ、チーズ、サービス、ソムリエなど外国人も含めた16人。いずれもその道の権威ある達人たちだ。これだけ広範囲の人たちから、面白い話を聞きだせるのは中村勝宏さんを措いていないだろう。専門的な話から失敗談まで、みな、中村シェフを信頼して、胸を開いている。料理の世界で働いてみようと考える人たちには必読の書だ。いや、すでに料理の世界で働いている人たちにも、ぜひ読んでもらいたい本だ。
 野﨑洋光さん(「分とく山」主人)は、今が季節の「松茸の土瓶蒸し」について、鱧(ハモ)や海老(エビ)が入るのはおかしいという。日本料理の根底には、陰陽五行思想と花鳥風月の考えがある。陰陽では、鱧が松茸よりも上に位置する。鱧からすると、「主役は俺だ。キノコの分際で同席するのか」となる。主役が二人いてはケンカになる。松茸が主役を張れるのは、豆腐と三つ葉だけ。この組み合わせだと、松茸が最も映える。しかし、それではお金が取れないから、鱧や海老で付加価値をつけて高い値段にしているのだという。
 なるほど。勉強になる本だ。

×月×日 横浜の新子安で11年間も看板を出さずにひっそりと鮨屋をやっていた「八左ェ門」の磯山満さんが、満を持して銀座に進出した。新子安の前は、相鉄線の「希望ヶ丘」駅前だった。
 今を流行りの酒の「肴」に凝らないから、銀座の客に受け入れられるかは分からない。ひたすら磯山ワールドの「鮨」を食べたい人のための店だ。

×月×日 朝日名人会 鈴々舎馬るこ(れいれいしゃ まるこ)「目黒のさんま」、古今亭志ん丸「きゃいのう」、桂歌丸「短命」、柳家権太楼「佃祭」、林家正雀「後家殺し」。
 腸閉そくで入院していた歌丸は顔色もよくないし、元気がない。トチらないよう喋るのに汲々(きゅうきゅう)としている。クスグリにはさむ「笑点」の楽屋落ちも、痛々しいだけ。
 権太楼がトリの予定だったが、都合で正雀がトリになった。「後家殺し」は、義太夫の噺で、正雀の得意とするレパートリーだが、トリには噺が暗すぎる。いくら「落語ブーム」とはいえ、すべての噺が現代に受け入れられるわけではない。

×月×日 恵比寿ガーデン・シネマで、映画「ステーキ・レボリューション」を観る。
 フランスのシャロレー牛の生産農家に生まれた監督のフランク・リビエラとパリの有名精肉店主、イヴ=マリ・ル・ブルドネックは、世界最高の牛肉を探し出す旅に出る。「自分探し」ではなく「牛さがし」だ。2年がかりで、20か国、200を超える有名無名の店を訪ね、牛を食べ歩いた。もちろん日本へも来た。
 彼らが求める料理法はステーキで、それも薪で焼く「グリル」が中心だ。フランスでは牧草で育て、脂身が少ない肉の旨味を賞味する。アメリカは穀物飼料を強制的に与え、脂が乗った、とろけるような味を好む。
 日本では最高級の鉄板焼きの店が紹介されていたが、その繊細な焼き方からすれば、「芸術」といってもいいのだろう。日本の「和牛」は、もはや牛肉とはいえないほどのハイクオリティーで、フランスの牛肉が最上級のボジョレーワインだとすれば、神戸牛は、シャトー・ディケム(最高の甘口白ワイン)に例えられると評価する。
 イタリアはフィレンツェ名物のビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ(フィレンツェ風Tボーンステーキ)にしても、豪快で、「肉を喰らう」という感じだ。肉食系民族と草食系民族の違いともいえる。味の好みは、あくまでも主観的なものだ。「牧草育ちの脂の少ない肉」を好む、フランス人的な味覚嗜好を基準にした「ステーキ考」であることを理解したうえで観れば、「草食系」であっても、楽しめる映画だ。

×月×日 神田の如水会館で、「出口裕弘さんお別れの会」。1928年東京日暮里生まれ。享年86。一橋大学名誉教授で仏文学者、作家。発起人は、菅野昭正、澁澤龍子、平出隆氏ら。献花の後に紀子夫人と長女の三奈子さんにご挨拶する。
 なんの取材だったか覚えていないが、京都の祇園へ行ったことがある。ご自宅に招かれて、フランスのロワール地方のサンセールの赤ワインを御馳走になった。白ワインが有名な産地だが、「赤ワインも有るんだよ」と、いたずらっぽく勧めてくれた。
 多分にお世辞が入っていたと思うが、私の「文章」を褒めてくれた。編集者からではなく、学究的な文学者であり作家からの言葉だったから、自信につながったし、正直うれしかった。
 ルーマニアのラシナリに生まれ、パリに住んだエミール・ミシェル・シオランとはパリ時代に親交が深かった。参会者には、シオランのアフォリズムと自筆で記した訳文の写しに加え、1955年に澁澤龍彦氏らと創刊した同人誌「ジャンル」に掲載された短篇小説「白日」の復刻が故人を偲んで贈られた。
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死ぬとは 存在様式を 変えることだ。
      新しいものになることだ。 
             シオラン
                  裕弘

(15・10・28)
次回更新は、11月11日の予定です。

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。