第157回 「江戸前焼肉」とは、永青文庫の「春画展」、村上春樹『職業としての小説家』、中一弥さんの死、上海蟹とワイン、佐木隆三さんの死

×月×日 諸々の古いお札やお守りを納めに浅草寺まで。地下鉄銀座線上野駅から、旅行ケースを持った中国系外国人観光客が乗り込んできた。成田から直行してきたらしい。
 平日というのに、仲見世は大変な混雑。「江戸前焼肉」という看板が、どこかおかしい。
 浅草演芸ホールも満員。尾張屋で天せいろを食べて帰る。

×月×日 目白の永青文庫で開かれている「春画展」の人気がすごい。シルバー世代から若者(18歳以上)まで。いや、良い言葉がありました。老若男女(ろうにゃくなんにょ)です。単独行、カップルに同性の二人連れ、三人連れから団体まで。まさに多種多様。 
 眼鏡を外し、神妙な表情をたたえて顔を至近距離まで近づける「ご老体」には、老いても盛んな色気を感じる。
 すぐ隣にいた二人連れの若い女性の会話。
「これ、ヤバソー」
「うん、カワイイネ」
 意味は、よくわかりません。その後、展覧会を見てきたという女性の友人に「年齢確認を要求されなかった?」と聞いたら、「ナニ言ってんの」と睨まれた。「お世辞半分、ウソ半分」だが、やはり「過ぎたるは及ばざるがごとし」だった。

×月×日 村上春樹の『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング)を読む。ハルキスト達には「常識」みたいなことなのだろう。きわめてまじめに書かれた「自伝」として読んだ。
 村上春樹を育て上げた「村上家」の「教育」というか、「しつけ」が見えてくる。想像するに、ごく普通の「家」なのだろうが、今の時代では貴重で希少な「醇風美俗(じゅんぷうびぞく)」が感じられる。
 なんでも学校に任せたがる昨今の風潮からは絶対に生まれてこない「家庭の常識」と「家族の教育」がある。

×月×日 池波正太郎さんの「鬼平犯科帳」や「剣客商売」のさし絵で知られる中一弥(なか・かずや)さんが亡くなった。享年104。「鬼平犯科帳」は、最初、佐多芳郎(さた・よしろう)さんだった。佐多さんは安田靫彦(ゆきひこ)門下で院展系の日本画家。さし絵を描くことで仲間から、やっかみを受けた。
 そのあたりの事情は、中一弥さんの『挿絵画家・中一弥――日本の時代小説を描いた男』(集英社新書)に在る。さし絵画家が、いわゆる「本画家」から、いかに不当に蔑まれたかがわかる。拙著『編集者の食と酒と』(左右社)にも、記したところだ。
 中さんは、小田富弥(おだ・とみや)の弟子で、80年以上もさし絵一筋に生きてきた。90を超えても、新聞小説の挿し絵を担当した。乙川優三郎さんの『麗しき花実』(朝日新聞)だった。乙川さんは、「連載の途中で死んだのでは申し訳ないから」という中さんの意向を汲んで、連載前に全編を書き上げていた。

×月×日 神田神保町の「新世界菜館」で、上海蟹とワインの会。料理は次の通り。
伍寶冷盤=秋の五種冷菜の単皿飾り
蟹黄魚鰭=上海蟹みそ入り鱶鰭(ふかひれ)の煮込みスープ
清蒸活蟹=活上海蟹の姿蒸し
油林鮭魚=秋鮭のさっぱりソース掛け
秋茸猪肉=もち豚ロースの香り揚げ 秋キノコソース掛け
 ワインは、シャンパーニュ・マム2006、トゥレーヌ・ソーヴィニョン2011(アンリ・マリオネ)、ピュリニー・モンラッシェ・1級・2011(ルフレーブ)、登美の丘ロゼ2013、カレラ・ジャンセン1998、シャトーヌフ・デュ・パープ2007(ドメーヌ・ガレヴァン)、シャトー・ラ・ミッション・オー・ブリオン1981など。
 最新の「上海蟹事情」について、傅健興社長は、「蟹にどういう餌を与えれば、良い卵を大量に得られるか、といった養殖技術の研究が進み、これからは、毎年良質の蟹が出回るようになる」と説明してくれた。これから注目すべき魚は、鯰(なまず)とのこと。

×月×日 作家の佐木隆三さんが亡くなった。旧八幡製鉄所(現新日本製鉄)時代に、『じゃんけんぽん』で、新日本文学賞を受賞し、広報室に異動した後、退社して文学の道を志した。
 「企業城下町」という言葉が、流行りだした時代だから、1960年後半だったと思われるが、一緒に若松市(当時)の町を歩いたことがあった。もちろん、直木賞を取る以前の話で、まったくの無名時代だ。
 現場の工員たちが一日三交代の勤務を終えて、製鉄所から出て来ると門前の酒屋に飛び込んで、強い酒を煽るように飲んでいた。確か午後2時ごろだったような気がする。
 いわゆる「角打ち」で、その光景は半世紀ぐらいたった今でも、はっきり覚えている。人間にとって「酒」とは、いったい何なのか、と考えさせられたものだ。
 それから30年ぐらい経って、上野公園で加藤芳郎さんなどと、お花見をしている時に遭遇したことがあった。野坂昭如さんらの「酔狂連」の一派として来ていたのだろう。誰かが、声を掛けたのかもしれない。佐木さんは完全に泥酔してしまい、往生したことがあった。面倒見のいいF記者に後の始末をお願いしたのだが、かなり苦労したと、翌日報告を受けた。お互いに若かった時代の話だ。合掌(15・11・11)

(次回更新は11月25日です)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。