第163回 第154回芥川賞作品と猫、映画「99分,世界味めぐり」、不倫で議員辞職、錦織圭選手、使いたくない日本語

×月×日 第154回芥川賞の受賞二作、本谷有希子(もとや・ゆきこ)さんの『異類婚姻譚』と滝口悠生(たきぐち・ゆうしょう)さんの『死んでいない者』には、いずれも猫が登場する。
 夫婦の顔が似通ってくるという「気味悪さ」(『異類婚姻譚』)や通夜の席で死者を傍らに、複雑な親戚縁者が多数で酒を飲む「非日常」の混沌(『死んでいない者』)には、どうも犬よりは猫が似合うらしい。偶然の一致だろうけれど、これも昨今の「猫ブーム」を物語っているようだ。

×月×日 映画「99分,世界美味めぐり」(原題「FOODIES」)を観ると、レストランで出てきた料理の写真をスマホで撮る光景は、世界的になってきたようだ。ブログで「世界の美食情報」を発信する5人の「取材ぶり」を追ったドキュメンタリー。5人の横顔は次の通り。
 シェル石油の元重役で、三つ星レストラン109軒を制覇したアンディ・ヘイラー。
 中国とタイの家系を持つタイの金鉱会社の御曹司。イギリスでシェイクスピアを学んでいるパーム・パイタヤワット。
 レコード会社の元オーナー。美食に関するウエブサイトを運営しているが、歯に衣着せぬ毒舌で知られるスティーヴ・プロトニキ。
 リトアニア生まれの元スーパーモデル。1年で50か国を食べ歩いたこともあるアイテス・ミセヴィチューテ。
 香港生まれの若い女性、ケイティ・ケイコ・タム。両親と同居し、稼いだ給料は高級料理に消える。
 彼らが訪ねたレストランはフランス、スペインなどのヨーロッパから、北欧、中国、日本に至るまで30軒以上。カメラは客席から厨房にまで入り込んでいく。パリのピエール・ガニェールなどの超有名店から、日本のすし、インドの屋台料理までバラエティーに富んでいる。
「料理」と「漫画」、「異性」の品定めにスタンダードはない。この大前提をわきまえてないと、後から虚無感が押し寄せてくる。香港の某シェフは、「不快ギリギリの線を狙っている」と豪語するが、「セックス・オン・ザ・ビーチ」なる料理は、すべての人が不快に思い、食欲を失うだろう。
 5人のグルメ・ブロガーの中で、一緒に食卓を囲もうと思える人はいなかった。監督の「食」に対する哲学がスクリーンを通してうかがえなかったのも気になる。

×月×日 「週刊文春」が、快調にスクープを連発している。新聞は、週刊誌とネット情報を後追いしている。新聞の企画記事(はっきり言えば暇ネタ)でも、ネットで見た情報が目につく。
 宮崎謙介議員の議員辞職は、本来は個人の「色事」だから、辞任には値しない、と見るべき問題だろう。しかし、男性の「育児休暇」をぶち上げていたから、話は別だ。衆院予算委員会の質疑で、民主党の西村智奈美氏の質問が、最も分かりやすく解説してくれる。
「宮崎さんが育休宣言をしたときは新鮮な印象があった。なかなか男性の育休取得が進まない中、議員が育休を取得すると宣言した。私たちは会社で雇われている従業員とは異なるが、今の社会の風潮に一石を投じるのではないかという期待があった。しかし、今ここに至ると、結局のところ売名行為のために育休宣言をしたのではと疑わざるをえない。非常に残念だ」(産經新聞)
 男性国会議員が「育児休暇」を取る賛否はさておいても、「イクメン」への期待感に水を差したのは、間違いない。

×月×日 霞が関の「イイノホール」で落語の会。「二師弟に流れる江戸の風――雲助・白酒そして一朝・一之輔」と、これまた長いタイトル。
 まず春風亭一之輔が、「悋気(りんき)の独楽(こま)」を演ると、師匠の一朝が得意の「中村仲蔵」で中入り。後半は桃月庵白酒が「黄金(きん)の大黒」で、師匠の五街道雲助が「明烏(あけがらす)」という次第。
 師匠の前で噺すのは、演り難いだろうと思う。白酒だけが、鹿児島出身で、「江戸の風」とは、あまり関係ないと自虐的くすぐりを入れていた。

×月×日 テニスの錦織圭選手がアメリカの「メンフィス・オープン・トーナメント」(250シリーズ)で、4連覇を成し遂げた。まずはおめでたい。
 決勝の相手は、アメリカのテイラー・フリッツ選手。18歳の新鋭で、まだランクは145位だが、決勝進出で102位以内に上昇した。これから若い選手が台頭してくるから、錦織選手も追われる立場になる。
 次は格上の、1000シリーズ(4大大会の次のランク。年間8大会)で、ぜひ優勝してもらいたい。トップ10の選手で、1000シリーズ未勝利というのは、錦織クンくらいのものだ。

×月×日 最近目にしたり、耳にする日本語で、私が嫌いな言葉を挙げて置く。
「肝(キモ)」。「肝要」あるいは、「肝腎」といえばすむのに、「……の部分が肝(きもだ)という言い方をする。「肝を冷やす」、「肝が据わっている」か、鰻料理の「肝吸い」だけでいい。
「癒し」。「癒される」とか、「癒してもらいたい」などという。「治癒」や「快癒」など、病気や傷を治療するのなら良いが、現代の人はそんなに病んでいるのか。どこか、他人任せの雰囲気があるのが、気に入らない。
「自分探し」。有名なサッカー選手が引退の時に言って流行ったが、もちろん以前からあった。私立大学の入学案内に良く用いられている。
「伸び代」。「あの選手の守備は、まだまだ伸び代がある」などと使う。そういえば「ノリシロ」という言葉を見なくなった。単なる「駄洒落」だ。
「真逆」。どこから来たのか。「まったく逆」を詰めたのかもしれない。そんなに「真」が好きなら、このネッセイの「タイトル」のように、「真ん中」と言えば良いものを「ど真ん中」とわざわざ、下品にしている。関西弁の婉曲話法は優しい雰囲気があるのに、「ど阿呆」とか「どスケベ」、「どたま(ど頭)ぶち壊す」など、罵詈讒謗(ばりざんぼう)となると、とたんに迫力が増す。
「生き様(ざま)」。甘利前大臣が、「自らの生きざまに照らして……」と言って辞任した。自分から、言う言葉ではない。諸説あるが、「様(ざま)がない」から来たとする説を私は採る。つまり「死に様」はあっても、「生き様」はない。
 テレビの「NHKスペシャル」、「司馬遼太郎の旅=日本人とは何か」なる特集番組で、「日本人の生き様」とナレーターが言っていた。司馬さんは決して使わなかった、と思う。
 そういえば、小さい頃は、「ざまあ味噌漬け、たくあんパリパリ」とか「ざまあカンカン、カッパの屁」と言って、相手を罵(ののし)ったものだ。大学に入ると、「ルック! ざまあ(ざまあ みろ)」と変化した。
 まだまだあるが、長くなったので続きは次回にでも。(16・2・17)


次回更新は、3月16日の予定です。
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。