第165回 夏樹静子さん、真打「台所おさん」、ニッポンのモノがたり展、品格の無い白鵬、テニスの西岡良仁

×月×日 『蒸発』や『Wの悲劇』で知られる推理作家の夏樹静子さんが亡くなった。私より一歳上だから、今のご時世では「惜しまれる」年齢だ。
 学生時代から、NHKテレビの「私だけが知っている」の脚本を書いていた。テレビドラマ「女検事・霞夕子」や「弁護士朝吹里矢子」が人気を得たのも、当時の経験が役立ったからだろう。
 1969年に『天使が消えていく』が江戸川乱歩賞の候補となり、一躍注目されたが、その時の受賞作は森村誠一さんの『高層の死角』だった。
 4年後に夏樹さんは『蒸発』で、日本推理作家協会賞を受賞する。同時に『腐蝕の構造』で受賞した森村さんは、「夏樹さんは同期の桜。松本清張さんに匹敵する緻密な取材で、敵わないと思った」と悼んでいる。
 私が担当したのは、「週刊朝日」に連載した『孤独のフェアウェイ』(朝日新聞出版。後に文春文庫)。ゴルフブームといわれた1986年のことで、ちょうど夏樹さんもゴルフを始めた時期だった。
 ゴルフ場で、どのような殺人事件を起こすのか、ゴルフ好きの佐野洋(故人)や三好徹さんが「お手並み拝見」と冷ややかに注目していたのを思い出す。腕前の方はお手合わせをしたことが無いので、わからない。
 石油界の名門、出光一族に連なる実業家の妻として模範的な家庭人でもあった。1997年には、自らの腰痛体験をまとめた『椅子がこわいーわたしの腰痛放浪記』(文藝春秋。後に『腰痛放浪記―椅子がこわい』と改題して新潮文庫)を刊行した。いろいろな治療を試みても快癒せず、意外にも、「心因性」ということが分かる。病因にたどり着くまでは、推理小説を読むような迫力があった。書評を「週刊朝日」に寄稿した時のうれしそうな顔が浮かんでくる。
 エラリー・クイーンとも親交があり、囲碁をこよなく愛していた。合掌。

×月×日 朝日名人会。「狸の鯉」(台所鬼〆)、「巌流島」(三遊亭歌武蔵)、「付き馬」(桃月庵白酒)、「四段目」(隅田川馬石)、「花見酒」(桂文珍)という顔ぶれ。
 柳家花緑の弟子、鬼〆は、三月下席から、「台所おさん」として真打に昇進する。台所鬼〆なる名前は、先代の柳家小さん(5代目)が気に入っていたが、誰も名乗ろうとしない。誰か、鬼〆を名乗る奴はいないかと探していたので、前座(柳家花ごめ)から、二つ目に昇進する時に手を挙げた。しかし、その時すでに小さんは他界していたというオチがつく。
 真打の「おさん」は言うまでも無く、「おさんどん(台所仕事)」の意味で「お産」ではない。だけど、若い人にはわからないだろうな。

×月×日 このネッセイのタイトル文字を描いている原田百合子さんが、「ニッポンのモノがたり展」(小田急百貨店)に自作の陶器を出店している。
 ご本人も恥ずかしがっていたが、大層な名前だ。
 マグカップや小物入れ、韓国風箸置きなど、既成の作家が手掛けないニッチ(すき間)を狙っている。腕前は、数をこなしていくにしたがって、着実に進歩が見える。本業の編集者の仕事とうまく両立させてほしい。

×月×日 大阪で行われていた大相撲春場所は横綱の白鵬が14勝1敗で36度目の優勝を果たしたが、その品格の無さには、ほとほと愛想が尽き、呆れるばかりだ。
 立会いとともに、相手の顔を張って出る「張り差し」は、横綱の取り口ではない。勝負が決まって、力を抜いた相手への「駄目押し」は、いくら注意されても改めようとはしない。
 4日目の対隠岐海戦では、土俵を割っているのに突き落とし、NHKのアナウンサーも「これはいけません」と声をあげた。
 プロレスまがいの「かちあげ」というよりは、「ひじ打ち」というべき、エルボーで相手の顔面を打つのは、見苦しい限り。8日目の対嘉風戦では、流血した嘉風を土俵の下に投げ飛ばした。自分も土俵の外に出てからの動作だから、言い訳は通用しない。
 哀れなのは勝負検査役の井筒審判部副部長(元関脇・逆鉾)だ。左大腿骨頸部骨折で全治三か月の重傷を負った。さすがこの時は、翌日審判部から注意を受けたが、どこまで反省したのか疑問だ。当日の栃煌山戦では、また「ひじ打ち」で流血させた。
 品格の無さのきわめつきは、最終日の対日馬富士戦。立会いに変化して、ブーイングを浴びた。NHKの藤井康生アナウンサーが、「勝負に掛けたのでしょう」と言って、解説の北の富士から、「昔の横綱は立ち合いに変化しなかった」とたしなめられていた。
 協会は、「出場停止」くらいの厳しい処分も考えた方がいい。しかしながら八角理事長が、「変化ではなく、いなしだった」などとふやけたことをいっているのだから、話にならない。協会も、NHKも顔を洗って、出直してこい、といいたい。
 場内からは、「あほ!」とか、「そこまでしてうれしいのか」と、野次が飛んだらしいが、それこそファンの声だろう。
 優勝インタビューでは、殊勝にも涙を見せたが、どこまで「反省」しているのか分からない。それが証拠に、「稀勢里関も変わったじゃないか」と発言している。
 冗談じゃない。横綱と大関では、立場が違う。しかも稀勢里はめったに変化しない力士だ。愚直に突っ込んでかわされ、土俵に這いつくばったことは数多ある。他人がやったから、自分も許される、という理屈は、人間として愚劣にして卑怯以外の何ものでもない。まさに「下衆(げす)の極み」だ。

×月×日 テニスといえば、錦織圭選手ばかり注目されているが、4大大会に次ぐ高いレベルのマイアミオープンで、弱冠20歳の西岡良仁選手(ATPポイント124位)が、スペインの強豪フェリシアノ・ロペス(同23位)にストレート勝ちしたのは、大変な快挙だ。錦織と同様、アメリカのテニスアカデミーに留学中で、将来が楽しくなった。3回戦では、オーストリアの22歳、ドミニク・ティエム(14位)に敗れたが、健闘といってよい。
 アメリカの新鋭、テイラー・フリッツ(同81位)、ドイツのアレキサンダー・ズベレフ(同52位)は共に18歳。次の時代の選手が続々と錦織選手を追走している。(2016.3.30)

次回更新は、4月13日の予定です
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。