第167回 熊本大地震、ネット情報の信ぴょう性、レストラン「サレ・ポアヴレ」、落語「茶の湯」、病院の最新事情、「バルセロナ・オープン」準優勝の錦織圭

×月×日 今回の熊本大地震で被災された方がたに心からお見舞いを申し上げます。「余震」と思っていたら「本震」だった、というのはまさに想定外。だから「天災」なのだ。熊本ばかりがフィーチャーされて、大分県の被災者が忘れられているらしい。八代在住の知人からの知らせだ。
 それにしても、政界では能天気な発言が目につく。おおさか維新の片山虎之助共同代表は、「タイミングのいい地震」と言ってのけ、取り消して陳謝した。消費税の引き上げや衆議院解散などに微妙な影響を与えるといいたいのだろうが、そんなことは誰でも気が付くことだ。わざわざ被災者の神経を逆なでする粗笨(そほん)な言動の裏側には驕慢(きょうまん)と慢心(まんしん)がある。
 現地対策本部長を務めていた松本文明内閣府副大臣は、テレビ会議で自分たちへの食事を差し入れるよう発言して、更迭された。地元出身の議員たちに指示して、弁当を手配した河野太郎防災相は、どうして一喝しなかったのか。救援活動に黙々として従事している警察や消防、自衛隊の人たちのことを考えたら、「兵糧が無ければ、戦はできない」などという言葉は、出てこないはずなのだが。
 緊張感に欠けているといわれても、やむを得ないだろう。テレビ局の記者が、会社から支給された弁当をブログにアップして炎上したのも、同じ穴のムジナだ。

×月×日 新聞やテレビのメディア(夕刊紙風にいえば「大マスコミ」)がネットの情報をどこまで報道するのか、判断は難しい。保育園の待機児童問題もしかりだ。国会でも、当初は「匿名情報」に過ぎず、「トイレの落書き」扱いされた。
 当ネッセイでも、しばしば取り上げているが、匿名による発言の信頼性と評価は、難しい判断が要求される。江戸時代の「落首」や「瓦版」の例を見てもわかるように、無署名であっても、そこに事件の本質や庶民の本音がいみじくも表出されていることが多い。
 テレビのワイドショーは、ネットの情報なしには成り立たないのが実状だろう。NHKのニュースでさえ、ネットに登場する「話題の動画」を再生している。
 コンピューターグラフィックスの使用や、「やらせ」による「創作」、「贋作」、「盗作」、「なりすまし」などの吟味はどの程度行われているのか、大いに気になる。ネットの情報を丹念にチェックしているだけの人間が、有能なジャーナリストとして評価される愚は避けたいものだ。

×月×日 愚息の高校時代の友人が、フランス料理のシェフと結婚し、二子玉川のレストラン「サレ・ポアヴレ」のサービスを担当している。
 20人ほどで一杯になる小体な店。さる日のランチのメインは、豚の「こめかみ」の肉だった。箸でもちぎれるほどの柔らかさ。ロワール地方のサンセールの白ワイン(ソーヴィニョンブラン)特有の爽快な香りにぴったりだった。

×月×日 有楽町マリオンの「朝日名人会」。
 「幇間(たいこ)腹」柳家ほたる、「茶の湯」三遊亭金時、「抜け雀」金原亭馬生、「代脈」春風亭一之輔、「心眼」柳家権太楼。金時は4代目金馬の息子。
 「茶の湯」は何回も聞いたが、どうにも好きになれない噺だ。根岸の里に隠居した蔵前の大店の隠居が退屈しのぎに小僧と二人で、お茶事の真似ごとをする。何も知らないから、抹茶の代わりに青黄粉(あおきなこ)に椋(むく)の皮を混ぜた。椋の皮は石鹸の代用品になるほどで、あぶくが出る。
 最初のうちは、名店「藤村」の羊羹を出していたのだが、茶が飲めた代物ではないから、羊羹だけがお目当てで大変なものいり。そこで菓子は蒸した芋を蜜で練り、灯油を塗った型で抜いた。当時の灯油は鰯(いわし)から搾り取ったという。
 そんな気色悪いものを口に入れるという「いかもの喰い」の設定が、食欲を減退させ、笑う気力が湧いてこない。上流階級のたしなみとしての茶事を風刺しているのだが、食べ物を笑いの対象にするのは難しい。

×月×日 都内の病院で近ごろ、どこか気になる話を挙げる。
その(1) 入院している人へのお見舞いに、昔はよく生花を贈ったものだ。鉢植えは、「根付く」といって嫌い、匂いの強い花も遠慮するのが作法だった。
 ところが最近は、病室に生花を飾ることを禁止している病院が増えてきた。花の表面や花瓶の水に存在する緑膿菌から感染症の恐れがある。健康な状態なら問題はないが、入院患者の中には体力が低下し、敏感にアレルギー反応を起こす人もいるからだ。さる大学病院の入り口脇にあった花屋も店を閉じた。花き卸売市場組合や生花商組合にとっては、大変な問題だろう。
その(2) 友人が入院中の食事時間にノン・アルコールのビールを飲もうとしたら、ノーといわれた、と言って憤慨していた。いろいろと理由はあるし、病状にもよるのだろうが、そう杓子定規にならなくても、と思う。まあ、私は意地でもノンアルコールビールは飲まないから、関係はないけれども。
その(3) いっとき病院で、患者の名前を「さん付け」ではなく、「様」を付けて呼んでいた。「患者さん」ではなく、「患者様」という具合。
 個人情報の秘匿ということもあり、最近では番号化が進むと同時に、「様」は消えつつあるようだ。話し言葉では、「さん」で充分だ。「……様」と呼ばれるのは、お尻のあたりがむずかゆくなる。
 かといって、個人情報を重視する観点から、名前の代わりにすべて番号で呼ばれ、処理されていくのも、味気ない気がする。三遊亭小遊三のセリフではないが、「網走(刑務所)では、番号で呼ばれていた」気分といえば、わかっていただけるか?

×月×日 テニスのバルセロナ・オープン・バンコ・サバデル(ATP500)決勝戦に進出した錦織圭(世界ランク6位)は、ラファエル・ナダル(スペイン=5位)に敗れ、3連覇はならなかった。普通の相手なら、返ってこないような素晴らしいショットを打っても、守備の良いナダルはしつこく返してくる。さらに鋭いショットを打とうとすると、どうしてもエラーが出る。ナダルのサービスをブレイクする機会はたびたび有ったのだが、ここぞという場面でポイントを取れなかった。錦織には余裕から生まれる勝負の「駆け引き」が欠けていた。それが「実力の差」というものだ。1勝9敗という対戦成績が雄弁にその差を物語っている。
 錦織よりランクが上に位置する5人の中で、ナダルにノバク・ジョコビッチ(セルビア=1位)、ロジャー・フェデラー(スイス=3位)の3人は「別格」だ。アンディ・マリー(英=2位)やスタン・ワウリンカ(スイス=4位)なら、「同格」と言えるのではないか。
 ATPツアーは、マドリード、ローマと回り、5月下旬から4大大会の一つ、「全仏オープン」に続く。(16・4・27)

◎次回更新は、5月11日の予定です。

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。