第181回 上海ガニと松葉ガニ、松島駿二郎さんの死、落語アルデンテ、ポルトガルの銘菓

×月×日 鳥取市の港で松葉ガニの初競りがあり、一匹130万円の値が付いた。鳥取県産の新しいブランドで、「五輝星(いつきぼし)」と名付けられたそうだ。いくら震災復興の願いを込めて、といっても度が過ぎる。だけど、どうしても年に一回は食べたいものだ。
 神田の咸享酒店(かんきょうしゅてん)で、上海ガニの会。今では養殖が定着し、四季を通じて食べられるが、やはり秋の味覚だ。
 折しも、アメリカの大統領にトランプ氏が選ばれた。アメリカや日本のみならず、世界中が「ターイヘン!」な時代に突入する。大手出版社のTさんは、トランプ本の増刷決定に奔走、少し遅れてきた。 
 アメリカも日本も壮年期を過ぎ、老境の入り口に達したので、あらゆるところにひずみが生じている。地球環境の問題も含めて、松葉ガニや上海ガニもいつまで楽しめるのか。

×月×日 このところ、鬼籍に入る知人が相次いでいる。編集プロダクションの草分けともいうべき「ぐるーぷ・ぱあめ」を磯貝浩(故人)と立ち上げた松島駿二郎さんが、11月5日に亡くなった。編集プロダクション(近頃は「編プロ」と省略して言うらしいが、私の好みではない)と記してしまったが、ご両所にとって本意ではないはず。「創作集団」と名乗り、出版業にも進出していた。二人は上智大学探検部の創設メンバーで、活字メディアの海外取材に先鞭をつけた。二人とも、世界の100か国以上を訪ねた天性のバガボンドだった。磯貝浩の代表作は『豚が狼であったころ』、松島さんは、『ケルト紀行』、『万国酒場見聞録』を挙げておきたい。
 喪主の京子夫人から頂いた挨拶状の文章が素晴らしかったので、紹介する。

 「パパ、今日までお疲れ様 ありがとう」
 性別も年齢もなく、世間体やしきたりもなく……。自分の好きなこと、信じるものをまっすぐ貫く、少年のように澄んだ心を持った人でした。生涯を通して心傾けてきたのは「活字」。二十代半ばにして物書きの道を選んで四十年以上。ただひたすらに文字を愛し、本を愛し、想いを綴ってまいりました。同じ事務所で働く方への採用試験も「夫らしい」ものだったようで……。挨拶もそこそこに経歴を問うこともなく、マラソンをさせてみたり、素性を明かさずに会話をしてみたり。いつのときも『自分』を持ち、周りに流されず自由に生きる。そんな姿は時に格好良かったものです。食事も出来ず、歩くこともかなわず、本を書くことも出来なくなって晩年はどれほどつらかったでしょう。最後の最後まで「本を書きたい」と願い続けておりましたので、これからはどうかまたのんびり活字に触れて欲しいと願っています。
 夫 松島駿二郎は、平成28年11月5日、74歳にて生涯を終えました。
 お世話になった全ての皆様へ、深く感謝を申し上げます。

 会葬者への礼状は、取り込んでいる最中でもあり、葬儀社が用意した定型文で済ますのがほとんどだ。松島夫人の文章は、夫への愛惜の念が読む人の胸を打つ。決して声高ではなく、介護の労苦が滲(にじ)み出ているところに崇高な夫婦愛がある。

×月×日 日本橋の三井ホールで、「我らの時代 落語アルデンテ」。この会も13回を数える。以前は「アルデン亭」と称していたが、今回から「アルデンテ」と改称した。どっちにしても、大した問題ではない。三遊亭兼好が「看板の一(ピン)」、桃月庵白酒の「転宅」で中入り。春風亭百栄(ももえ)の「弟子の強飯」の後、トリが春風亭一之輔の「味噌蔵」。
 百栄は自分で作った新作で、6代目三遊亭圓楽の声色を聞かせるが、似ているともいえるし、似てないともいえる。後に上がった一之輔が、「会ったこともないのに……」と、皮肉っていたが、圓楽の真似は難しい。「でげす」を乱用すれば良い、というものでもない。

×月×日 渋谷の東急百貨店の食品売り場にポルトガル菓子の専門店「ナタ・デ・クリスチアノ」(東京・渋谷区富ヶ谷)が期間限定で出店していたので、玉子タルトとチキンパイを購(もと)める。クロワッサンを思い浮かべるサクサクのパイ生地にカスタードクリームがとろりと入っている。
 元はポルトガルのジェロニモス修道院から生まれた。日本にはマカオから香港経由で「アジア風」の品が最初に移入された。ポルトガルの本家の品は珍しい。もしかしたら、大きくブレークするかもしれない。(16・11・16)


筆者のつごうにより、ただいま更新をお休みしています(近日再開予定)。「淳ちゃん先生のこと」第2章は、次回182回から開始します。
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。