第158回 映画「名寄岩 涙の敢斗賞」 岸朝子さんお別れの会 「バードランド」の焼き鳥 北の湖理事長急死

×月×日 戦後間もなく、私の小学生時代に名寄岩(なよろいわ)という力士がいた。横綱が羽黒山と照国の時代だ。もちろんテレビはなく、ラジオの中継を一喜一憂しながら聞いていた。
 北海道の名寄出身で、名寄という地名を知ったのも名寄岩のおかげだ。大関から陥落し、関脇時代が長かったが、糖尿病と胃潰瘍に勝てず、幕内の下位で負けてばかりいた。「弱い力士」という印象が強い。しかし昭和25年には9勝6敗で敢闘賞を受賞し、29年に40歳と6日で引退した。平成26(2014)年、旭天鵬に破られるまで、戦後の幕内最高齢出場記録だった。
 引退した翌年の30年に、池波正太郎さんが「名寄岩」という戯曲を「大衆文藝」に発表し、新国劇で上演された。翌31年には、「名寄岩 涙の敢斗賞」として、映画化されている。監督は、小杉勇。名寄岩本人が主演し、瀧澤修、山根寿子、芦川いづみらの名前が見える。神保町シアターで開催されていた「音楽から映画を愉しむシリーズ=作曲家・小杉太一郎の仕事」で上映されている、と池波ファンのHさんが教えてくれたので、早速足を運んだ。
 往年のNHK名アナウンサー志村正順のナレーションや実写の記録画像も入った1時間29分の佳作。字幕の「原作・池波正太郎(大衆文藝)」と言う文字を、33歳の池波さんはどんな思いで見たのだろうか。小説「恩田木工(おんだもく)」(後に「真田騒動」と改題)が初めての直木賞候補に挙げられた年だ。資料によると、戯曲の脚本料は、8万円。演出料は3万円だったとある。

×月×日 93歳の長寿を全うした岸朝子さんの「お別れの会」が東京ドームホテルで開かれた。「タバコを喫い続けて100歳まで生きる」と言い続けてきたが、その望みは適わなかった。
 会の数日前に、料理写真家の早川哲さんから、新聞に載った写真があまり良くないので、自分が撮った昔の写真を当日並べるのだ、と電話がかかってきた。岸さんと私が映っている写真があるが、一緒に写っている紳士が分からない、と尋ねられた。
 PDFで送ってもらうと、風間完さんの長男でフランス文学者の風間研さんの自宅で、樽詰めのボジョレーヌーボーを飲んだ時だった。当時は、樽を容器にしたヌーボーが珍しかったのだ。今でもあるのかどうかは知らない。矢口純(元「婦人画報」編集長)さんの顔が有ったので懐かしくなり、『酒を愛する男の酒』(新潮文庫)を求めて読む。
 矢口純さんが風間さんと二人で川越へ向かうのだが、途中にある豊玉のそば屋で飲みはじめたら、話の流れで阿佐ヶ谷、新宿と川越からだんだん離れていく「遠くなる話」が面白かった。矢口さんは、「婦人画報」で山口瞳さんに「江分利満氏の優雅な生活」を書かせて、直木賞作家を生み出した名編集者だ。
 岸朝子さんの「美味しい料理で賑やかに送って欲しい」という遺志にふさわしい会だった。私の文庫『気分はいつも食前酒』(集英社文庫)の解説をいただいたのが、忘れられない思い出になった。きっと、今頃はボジョレーヌーボーを楽しんでいることだろう。

前列右から、岸さん、風間完さん、矢口純さん、風間研さん。後列右から、筆者、岸さんの姪御さん、金子益朗さん(故人・「小説現代」編集部)、研さん夫人、早川哲さん

×月×日 銀座4丁目のやき鳥屋「バードランド」へ。『やきとりと日本人』を著した土田美登世さんに解説してもらう。店主の和田利弘さんは、日本の焼き鳥を変えた人。ワインへの造詣も深い。
 高級店の多くは、炭火で焼いているが、炭の熾(おこ)し方にも、二通りの考え方があり、奥が深い。おおざっぱに言えば、炭をばらけさすのと、きっちりまとめる違いだ。
 焼き鳥は、外国人に最も受け入れやすく、最もワインとの相性がいい「和食」だろう。失礼ながら、ワインの品揃えは想像以上で、玉村豊男さんが造る、ヴィラディストワイナリーのプリマベーラ・メルローが素晴らしかった。

×月×日 有楽町の「マリオン」で朝日名人会。三遊亭時松「ちりとてちん」、古今亭志ん輔「火焔太鼓」、林家正蔵「大(おお)どこの犬」、古今亭菊之丞「強飯(こわめし)の女郎買い」、柳家さん喬「傘碁」。
 演目に今ひとつ迫力がない。「大どこの犬」は、「鴻池の犬」のほうが、通りが良い。正蔵は噺の筋立てに工夫を加えているが、リアリティがない。落語といっても、現実味は必要なのだ。しょせん犬の話だ、と言ってしまえばそれまでだが、演目の選び方が違っているように思える。

×月×日 一年納めの場所と言われる大相撲九州場所は、怪我に泣いていた横綱日馬富士の優勝に終わった。北の湖理事長の急死で、今後の協会の運営は困難を極めるだろう。八角親方(元横綱北勝力)が、問題児、白鵬を御(ぎょ)せるのかどうか。兄弟子だった九重親方(元横綱千代の富士)とは長年の確執もある。前途は多難だ。(2017・11・25)

次回更新は、12月9日の予定です。
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。