第199回 喬太郎・白酒・花緑の三人会、スペイン料理「アメッツ」、淳ちゃん先生のこと(第三章その1)

×月×日 大井町きゅりあん大ホールで「気になる三人かい…」。三人とは、柳家喬太郎、桃月庵白酒、柳家花緑で、何が「気になる」のか、よくわからない。それぞれ、「花筏」、「松曳」、「愛宕山」を演じた。

×月×日 地下鉄田原町駅そばのスペイン料理、「アメッツ」へ。スペイン風オムレツに海老のアヒージョ、干し鱈のコロッケ、ヤリイカのバルセロナ風など。カバに白、赤と飲んで、シェフに相談したら、チャコリを勧められる。バスク地方の微発泡で、「エスカンシア」という、シェリーのベネシアンドールに似た独特の注ぎ方をする。

×月×日 淳ちゃん先生のこと(第三章その1)
 渡辺淳一の文学忌は、代表作の一つ『ひとひらの雪』に因み、「ひとひら忌」と名づけられた。また渡辺の遺志で、「純文学・大衆文学の枠を超えた、人間心理に深く迫る豊潤な物語性を持った小説作品」を顕彰する「渡辺淳一文学賞」が集英社の主催で創設された。選考委員は、浅田次郎、小池真理子、髙樹のぶ子、宮本輝の4人。直木賞系と芥川賞系で二人ずつというところが渡辺賞の性格を表している。三回忌に当たる2016年に第1回の受賞作として、川上未映子の『あこがれ』(新潮社)が選ばれた。
 2回目の「ひとひら忌」は、2016年4月28日、渋谷公園通りの仕事場の隣で、なにかにつけお世話になった東武ホテルで行われ、渡辺賞の選考委員の髙樹のぶ子が和服姿で渡辺淳一の思い出話を述べた。
「私は、渡辺さんとの対談で、よく『性度』という造語を使ったのですが、渡辺さんは実に豊かな『性度』を体得した人で、まさに現代の光源氏です。数々の女性と友好関係にありながら、大きな破綻もせずに、最後は愛する家族の許で亡くなった。こんなのあり?と思いたくなる」
 とは、自身の離婚体験をも持ち出した髙樹の実感だったろう。また、『ひとひらの雪』や『桜の樹の下で』などに出てくる和服姿の女性に触れ、「渡辺さんの小説には、長襦袢一枚になって、布団の端からそろりと入ってくる女性がよく出てくるのですが、当世の着物の着付けはずいぶん変わって来ています。マジックテープやクリップなど、いろいろな新しい器具や装置が開発されて、渡辺さんも苦労したろうと思います。長襦袢一枚になるのも、大変なのです」と語った。
 俳人の杉田久女が1919(大正8)年に発表した有名な句、
    花衣 脱ぐやまつはる 紐いろいろ
 を思い起こした。着物の下には、実に多くの紐が用いられている。時代とともに和服の下着も変わっているのだ。小説の中に年代を限定するような描写はできるだけ避けるというのが、渡辺流だった。だから映画やテレビの番組、ヒットソングやタレントの名前など、時代が明らかになる具体的な描写はほとんどない。いつまでも読まれることを考えてのことだ。洋装の下着にもファッションがあるので、取材するのに苦労する、とはすでに述べた。
『桜の樹の下で』には、次のような情景がある。
〈いつものことだが、菊乃はベッドに入るときに、長襦袢とともに裾よけを付けてくる。白い絹のなめらかなものだが、その紐をはずす作業が一つ残っている。〉(朝日新聞社)
 初めはその手間を煩わしいと思った遊佐だが、今は好ましいと思っている。一方、娘の涼子の場合は、またちょっと違う。
〈菊乃と涼子との違いはそのあたりにもあって、涼子は着物を脱ぐと長襦袢一枚でとびこんでくる。それも若者らしく小気味いいが、裾よけの紐を解き、前を開いていく過程には、また別の風情がある。〉
 和服の着付けを通して母と娘の「躯の許し方」を考えている。まあ、こんな場面に渡辺文学の一つの極致がある。

 最後に、「渡辺賞が巨木に育っていくことを願っているが、川上さんはその第一回受賞作家として、実にふさわしい人」と髙樹は付け加えた。第1回「渡辺淳一文学賞」の贈賞式は、パレスホテルで開かれた。
『あこがれ』の主人公ヘガティー(わたし)は小学校6年生、3歳の時に母親と死別した。4歳で父親が亡くなった麦彦の二人を取り巻く大人たちのドラマは、「人間心理に深く迫る豊潤な物語性」という賞の精神に合致している。読後感が爽やかなのが良い。全編を通じ、「少年・少女文学」的な雰囲気が横溢しているので、渡辺流の「性愛文学」を期待していた人は、ちょっとはぐらかされた、と思うだろう。渡辺に言わせたら、「もっと男と女のどろどろした関係を描かなければ……」と注文を付けるかもしれない。
 文学賞の第1回受賞作というのは、将来の賞の行く末に大きな影響を与える。川上未映子は作家生活10年にして、すでに紫式部文学賞、高見順賞、谷崎潤一郎賞などを受賞している。選考委員よりも受賞歴は華やかだ。

 第2回の「渡辺淳一文学賞」は平野啓一郎の『マチネの終わりに』(毎日新聞出版)に決まり、贈賞式が17年5月にパレスホテルで行われた。受賞作は2015年から翌年にかけて、毎日新聞朝刊に連載された新聞小説だ。
 平野と新聞小説とは、なかなか結びつかない。新聞社にとっては、大変な「冒険」だったはずだ。選考委員の宮本輝は、「不特定多数の読者を一年近くも引っ張っていくのには、『作り』という仕掛けが必要」と、式で挨拶をした。力ずくで成し遂げたわけだから、平野の今後の仕事には大変なプラスとなる受賞だった。ペダンティックでスノビズムに溢れた箇所も多く、新聞小説としては必ずしも成功作とは言えない。同じ選考委員の髙樹のぶ子が、「エンディングの後から、地獄の茨を歩む本当の恋愛が始まる」と説くが、まさに渡辺淳一もそこからの部分を読みたがるはずだ。

 ところで渡辺淳一とは、一体どのような作家だったのか。渡辺はこの世の中はすべて相反する両極というか、二面性で成り立っている、とよくいっていた。
「ゴルフだって、ドライバーとパターではまったく違う動作と思考を必要とする。人間だって、性質や行動には、必ず表と裏の両面があるのさ」
 自身が広めた「鈍感力」の裏側に、緻密で繊細な集中力があった。原稿の校正は文章の一字一句に固執した。茫にして漠とした大ざっぱな性格だろうと思っていると、とんでもないしっぺ返しがくる。科学者(医師)に備わった合理的精神と、文学者(作家)が持つ自由奔放な創作精神の両面を兼ね備えていた。育ちの良さには似合わないばんからな面があり、理不尽な秩序や権威への反骨心もあった。明晰な頭脳の中に、適度な不良性を備えていた。小学校から高校までずっと優等生だったから、教師に怒られたことはなかったし、自分が怒られるなんて、想像もできなかったのではあるまいか。自分だけは何をやっても許されるという自信があった。自分が下した決断に間違いはなく、誰もが認めてくれるはず、という強い誇りと自信に満ち溢れていた。仕事と遊びのバランスをとるのも上手だった。ゴルフ、麻雀、将棋、碁など、勝負事と遊びが好きで、遊びの「十種競技」があれば、「文檀では、俺が一番だ」と豪語したこともあった。

 渡辺淳一の文学的業績を振り返る時、すでに50歳になったときから宣言し続けてきた、「不能に陥った時の性は重要な文学的テーマ」という言葉に触れないわけにはいかない。晩年になると、川端康成の『眠れる美女』や谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』を超える面白い作品を書きたいと言い続けていた。さらに谷崎が亡くなった年齢を超えると、『瘋癲老人日記』は面白くない、と断言した。「艶やかさ」がない、というのがその理由だった。
 自分の小説には、私がすべてに投影されているし、さまざまな女性との体験が無ければ書けなかった、と言っていた。もっとも、『失楽園』のように、心中したわけでもないし、『愛の流刑地』のように殺人も犯してはいない。松本清張がまだ若かった頃に「女性が上手に描けないのは、女性の経験が少ないからだ」と言われ、「実際に人を殺さなくては、殺人シーンは書けないのか」と激怒した話が浮かんでくる。
 渡辺は間違いなく私小説作家だった。「不倫」ばかり好んで書くのではなく、熱中した愛を書いたら、「不倫」の関係だった、と説明する。現代の愛は、大きな枠と決まり事にとらわれ過ぎている、というのが持論で、もっと自由奔放に生きろ、というのである。自分の「不能小説」にたどりつくまで書き続けた。言いかえれば、初期の短篇を含めて、最終章を書くためのアペリチフであり、オードブルだったのかもしれない。
 自分の初恋を書いた『阿寒に果つ』や医学的知識を駆使した『無影燈』から始まり、サディズムの香りが認められる『うたかた』や『失楽園』、自分の妻が性の調教を受ける様子をのぞき見る『シャトウ ルージュ』など、さまざまな性愛の背景と舞台の上で繰り広げられる情景は微に入り細を穿つように描かれている。医学の実験・観察レポートと文学的描写のバランスが絶妙に保たれていた。平安時代の権力者白河法皇と幼女、藤原璋子(たまこ)を題材にした『天上紅蓮』では、蛍の光で、孫のような璋子の股間を観察するロリータ趣味も書いた。すべて「不能小説」への序章といえるのではないか。
 多くの伝記小説も手掛けた。『花埋み』(荻野吟子)、『冬の花火』(中城ふみ子)、『遠き落日』(野口英世)、『女優』(松井須磨子)『静寂(しじま)の時――乃木希典夫妻の生涯』、『君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟(コクリコ)』(与謝野鉄幹・晶子)なども、男女の愛の一面を描いたと考えれば、やはり「序章」だったといえよう。
 単なる男女小説にとどまることなく、『麻酔』(医療過誤)や『エ・アロール それがどうしたの』(高級老人ホーム)、『幻覚』(近親相姦と精神障害)など、時代に直面する医療制度や医師の倫理にもするどく斬りこみ、的確な問題を提起した。
 最期を迎える直前まで、自分の性について小説を書いた稀有な作家であり、すべての作品が雄大な自叙伝であり叙事詩だった。
 川端康成の『眠れる美女』や谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』と『失楽園』や『愛の流刑地』、『愛ふたたび』を単純に比較しても意味はないし、そのすごさはわからない。渡辺淳一の「最終章」に辿りつくまでの航跡を追わなくてはいけない。その全航跡を追尾して、初めて渡辺の稀代稀な業績が浮かび上がってくると思うのだ。決してわかり合えない「男と女」の模糊とした差違を無謀に、かつ執拗に追い求め続けた人生だった。(敬称略・次回完結)

次回の更新は3月28日を予定しています。(18・3・14)