第3回 〜ゆるゆる番外編〜 恋愛の可能性のない語学は学べない!

清岡智比古さん×ドリアン助川さん
恋愛の可能性のない語学は学べない!

ドリアン ぼくの事務所には清岡さんのフラ語の教科書がずらっと並んでいます。ぼくは49歳でフランス語を始めてまだ1年半なんですが、おもに清岡さんのラジオやテレビの講座と、週に1回のアテネフランセの授業、そして『朗読ダイエット』に書いたやり方でフランス語を音読してきました。今日はぼくの先生に本当に会える特別の日です。嬉しい! フラ語は5級、4級ときて、いまは3級に挑戦中なんですが。

清岡 いやー、どうも。ドリアンさん……ドリアンさんとお呼びしていいですか。

ドリアン はい。

清岡 フランス語の前に、ぼくはドリアンさんには前からあこがれていて、ドリアンさんと同じように、ぼくも高校生のときバンドをやっていたんです。クイーンとかキッスとかディープパープルのコピーをしていました。ヒーローはデビィッド・ボウイでした。

ドリアン ぼくもボウイは大好きです。初来日のとき、飛行機に乗れないので船で来たという高所恐怖症の人ですよね。でも、惚れた人間は命をかけてでも救おうという、アラビアのロレンスみたいな勇気も持ち合わせている。バイセクシャルだけど、男の中の男ですね。

清岡 高校のときにディスコが流行って、スティーヴィー・ワンダーの「You Haven’t Done Nothin’」(『悪夢』)という歌詞にグッときたことがあります。

ドリアン 二重否定のかっこよさですね。ローリングストーンズの「サティスファクション」も「I can’t get no satisfaction.」でしょう。

清岡 おー、そうか。

ドリアン ねえったらねえよ、みたいな。二重否定というのは、説得力のある言い回しですよね。

清岡 そもそもどうして「金髪先生」に出られたんですか。

ドリアン 叫ぶヴォーカリスト兼構成作家をしていたとき、「泉谷しげるの英語教室」という番組を企画したら、泉谷さんが英語はあんまりだと……。それで仕方なく、自分で洋楽の歌詞解説をする番組が始まった。そしたら午前2時40分からの超深夜番組なのに視聴率2・5%になった。

清岡 深夜でその数字は、おそろしくすごい!

ドリアン 語学もエンタティメントになるんですよね。ボクが清岡さんの番組が好きなように。でも、あれだけお笑い要素満載にすると、いろいろあったんじゃないですか。

清岡 「フラ語シリーズ」の最初の本は、『フラ語動詞、こんなにわかっていいかしら?』っていうんですけど、その本を作ったとき、印刷所から緊急の電話がありまして、タイトルがちがっているんじゃないかと。「ンス」が抜けているっていうわけです。で、いま機械を止めているところだと。「フラ語」という言い方自体は、前からあったんですけどね。

ドリアン でも、アテネ・フランセでも清岡さん人気は凄いですよ。もともと、どうして外国語を人生の柱に選ばれたんですか。

清岡 大学受験の頃、今思えば誤解も甚だしいんですが、自分は英語ができると勘違いしていて、で、何か別の外国語をやろうと思ったんです。そうなると、まあ家の本棚にある父(清岡卓行)の本、ボードレールとかランボーとかの背表紙を眺めて育ったので、自然にフランス語に向かった感じです。それと、小学校4年生ぐらいから、父に連れられてヨーロッパ映画を見にいったりしていたことも関係あるのかな。フェリーニなんかは特に印象に残ってますね。女の人がたくさん出てきて、ベッドがよく出てきて。その頃は父親と二人暮らしだったので、父親が試写会なんかに行くときは、小学生を家に置いていくわけにもいかなかったんでしょう。とにかく、ヨーロッパの映画をよく見ていました。

ドリアン ぼくはここ数年、歌う道化師としてステージに立っているんですが、そのきっかけがフェリーニの『道』であり『道化師』なんです。

清岡 『道』がなければ、フェリーニはいまとは少し違う評価になっていたかもしれません(笑)。

(話は映画談義から翻訳に変わり)

ドリアン 以前、アルチュール・ランボーの日本語訳を読んでいたら、小林秀雄と堀口大學とで全然違うことに驚きました。どっちが正しいんだろう、と思って調べたら、小林秀雄が改訂版のあとがきで訳が間違っていしまいたと書いている。あれは潔かったです。

清岡 いまは、いわゆる語学力だけで言ったら、小林秀雄以上の人はたくさんいると思います。でも、「文学」を読む力は、必ずしもそうじゃない。いくら訳が語学的に正しくても、それだけでは翻訳機になってしまいます。翻訳者の、文学的教養というか、人間的な共感の深さというか、そういうものが、最後は決定的なんでしょうね。

ドリアン ああ、ぼくも翻訳をやる時は編集者に怒られます。ピリオドが来るまで、訳もマルを付けるな、という。でも、それは無理がある。

清岡 最近、それが普通になってしまっている。まあ、たとえば上田敏のような翻訳は、今は許されないでしょうねえ。

ドリアン 清岡さんは参考書内でも大阪弁を使うので、ぼくはてっきり、関西の人かと思っていました。

清岡 残念ながら!(笑)。でも、おまえには大阪の血が流れてる、って、ある大阪出身の先輩に言われたときは、うれしかった!

ドリアン 清岡さんは、NHKの語学学習に笑いを取り入れた初めての人ですね。

清岡 フェリーニの女好きにつなげれば、語学習得のコツは「好きな女の人と話したい」という状況になることでしょうね。

ドリアン そうですね。語学を修得する上でもっとも重要なことはその国に対する憧れだと思います。音楽雑誌のライターで語学が得意な人が多いのは、好きなミュージシャンと直にインタビューしたいという夢、というか妄想があるからで……。

清岡 いい夢ですね! 極端な話、恋愛(的なもの)の可能性のない語学は学べませんね。リアルじゃなくてもいいんです、可能性だけでも大きく違うんです。言葉って、結局、関係を作るためのものだから。

ドリアン ぼくがフランス語を始めたのも、2年前「朱花(はねづ)の月」でカンヌ映画祭に行って、南仏の人があまりに温かいので、この人たちと話したいと思ったからです。大学でサンスクリット語を学んだけど、やっぱりいま生きて話している人がいないというのがネックでしたね。

清岡 そして語学習得のもう一つ重要なことは、音読。朗読というのは、語学学習においては音読ととらえ直してもいいと思うんですが、「テレビでフランス語」に一緒に出演していたパリ出身のメディ君が、最終回に「最後に皆さんにアドバイスを」と訊かれて、「1日10分音読すること、毎日!」と言っていましたが、本当に正しい。『朗読ダイエット』で語学が身に付くというのは正しいんです。

ドリアン 音楽業界の大先輩から、歌も結局いっしょだと、朗読に耐えられない詩を作るなと、言われたことがありました。

清岡 『東京詩』(左右社)でゼミ的な授業をしていたとき、Jポップでもなんでもいいから、東京を感じされる詩をとりあげて発表する、という課題を出したことがあるんです。もうはっきり言ってしまいますが、宇多田とか林檎とか数人を除いて、Jポップの歌詞は概して弱い。また多くの学生は、その弱さに気づいていない。

ドリアン サザンオールスターズの詩なんかも、まあ、ね。いいのはいいですよね。

清岡 デビュー当時、彼らは本当に鮮烈でしたね。ただ後期は……

ドリアン やっぱりAKBだけじゃ……。どうなってしまったんだ、日本は。さあ、ぼくの事務所にいって飲みましょう。

清岡 ドリアンさん、ビールも赤も白も焼酎も飲んで、もう飲めないです!(この後、結局ドリアンさんの事務所でウィスキーを飲むことに……)

於・くしのはな(京王線つつじヶ丘駅徒歩3分)


清岡智比古 
明治大学教授。著書に『東京詩』(左右社)、『フラ語動詞、こんなにわかっていいかしら?』などの「フラ語」シリーズ(白水社)、『エキゾチック・バリ案内』(平凡社新書)など。

ドリアン助川 
朗読者、作家。著書に『朗読ダイエット』(左右社)、『バカボンのパパと読む「老子」』(角川SSC新書)、『あん』(ポプラ社)など。