第2回 農家で研修を始めるまえに就農準備校に通ったこと

風景というか風土が気に入って、この土地にきたんだけど、けっこう親切に受け入れてもらえた。やっぱり仲間ができれば居心地良くなっちゃうよね。研修仲間Oさん
毎年の新規就農者2万人のうち5千人が3年以内に挫折するらしい。いまどき好き好んで就農する人が何故そんなに脱落するのか腑に落ちないのだけど、仲間がいるかいないかも結構大きな要因みたいだ。
〈ようやく雨が降って、みどり濃くなってきた〉
〈ようやく雨が降って、みどり濃くなってきた〉
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農家で研修を始めるまえに就農準備校に通った、とても良かった、という話をしたい。

就農準備校は半年間の農業研修というか体験というかそんなもので、茨城の日本農業実践学園(*1)が運営しているが、私が通った有機農業コースは埼玉県比企郡の小川町で行われる。4月からのⅠ期と10月からのⅡ期があり、半年間で13回、隔週土曜の11時から17時、4軒の有機農家を2~3回ずつ訪れて農作業を体験する。

霜里農場のホームページで、
「まだ『どうしよう』『自給自足程度に……??』『まわりの反対があり迷っている』など、迷っている方は、研修ではなく「就農準備校」の小川町有機農業コースをお勧めします」
と言われるにしたがって申し込んだのが8月後半、辞めるという話はもう会社にしていて、これで定員オーバーにつき参加できずとなったらどうしよう、とかなり気を揉んだ(多少の超過は押し込んでくれる柔軟な運用だとあとで知った)。

無事に受講票が届いて会社も辞めて、初回は10月第2土曜日。小川町へ引っ越すのは10月下旬なのでこの回だけは阿佐ヶ谷から中央線・山手線・東武東上線を乗り継いで片道2時間。やっぱり遠いなあ、どんな人が来るんだろう。理念に凝り固まったような雰囲気だったり、本気の就農準備以外お断りだったら困るなあ……など緊張気味に向かった。幼児がいると、というのは筋違いの言い訳なんだけど、とにかく出がけにゴチャゴチャあって予定した便を逃し、したがって1時間2本のバスも逃し、遅刻するかも!と30分の道のりをセカセカ歩いていたら通りがかりの車が送ってくれた。小川町はいいところだ。

着いてみたら不安はあっさり霧消した。開校式は金子さん宅の庭先に、近くの小学校分校の椅子を並べたのどかな雰囲気。先生がたはニコニコ和気藹々としているし、参加者も概して地に足の着いた、手を動かしながら考える風のひとが多くてほっとした(「地に足の着いた」といえば、偶然みかけた在オーストラリア・ギリシャ系のひと向けの恋人募集サイトの自己紹介文に”down to earth”が濫用されてたのだけれど、英語圏一般にこうなのか、それとも世界一ナルシストらしいギリシャ系男性ならではアピールなのか。どちらにしてもちょっぴりおかしい)。

約30人の参加者は20代から60代と幅広く、主には埼玉県内だけど遠く鎌倉や横須賀から来るひとも。かつて岡山から通った強者もいたらしい。近々就農予定だったり市民農園をそれなりにやっている人もいれば、プランター栽培さえしたことない人もいる(私だ)。小川町は池袋から東武東上線1本なので、距離のわりには通いやすい。片道3時間でも8時に出て8時に帰れる。仕事を辞めずに通えるのがこの準備校の長所1つ目。私は辞めてしまったけど……仕事を辞めて飛び込んだひとは前年も2人(ご夫婦)いたらしい。

農作業をさせてもらう4軒はこちら:
霜里農場(金子さん)。農業界では全国に知られた、どころかドキュメンタリー映画などで海外にも知られた、金子さんの農場。「化学肥料・農薬等に依存せず、身近な資源(自然エネルギー)を生かし、食物だけでなくエネルギーも自給して 自立する農法を目指し、「小利大安(小さい利益でも大きな安心)」をモットーに1971年より埼玉県小川町で有機農業を続けています」。商品として野菜を販売するより、理解ある20~30軒の消費者に食料を届けてその食を支え、消費者には農場の経営を支えてもらう、「提携」を中心にしている。金子さんご夫婦、金子さんの右腕・石川さん一家、住み込みの研修生数名の大所帯に、犬猫ニワトリ、鴨、牛もいて、農場は小宇宙という趣き。

河村さん。たしか『複合汚染』(*2)を読んで有機農業を志し、金子さんの農場などで研修ののち就農なさったと聞いた。竹林を背負った古民家の前にひろがる、ビニール資材を使わない畑の風景はまさに自然とともにある暮らしという印象で感動した。ただ、母屋は雨漏りがひどくて使えないとか……なかなか大変そうだけれど、携帯もパソコンも持っていない、タフで飄々とした河村さんを慕って通う人たちがたくさんいる。

風の丘ファームの田下さんもまた、金子さんのところで研修ののち就農してもうすぐ30周年。3反ほどの農地から始めたのが今や5町まで広がり、ちゃんと食べていける有機農業を標榜して、レストランなど外食・食品業界に積極的に販売している。資材や機械もしっかり使うし、有機農業=手作業で小ぢんまり、というイメージとはだいぶ違う。数名の研修生や農業大学校のインターン生を受け入れたり、町の公民館講座の講師を務めたり、育成・普及にも熱心。

横田さん。代々小川町に続く農家の生まれだけど、以前は木工関係の仕事に就いていた。40歳過ぎて兼業で農業をはじめ、50代になって専業に踏み切った。それは「80までできるとしてもあと30回しか米は作れない。満足いく出来になってすぐ引退では悲しい」と思ったから。元職人らしく色々手作りの道具や小屋があったり、なんとなし細部までピシッと丁寧な感じがする。自家採種や品種作りにも取り組んでいる。研修生は1人2人いたり、いなかったりで基本は家族経営のようだ。小川町有機農業生産グループ(*3)の販売部を立ち上げたのも横田さんだそうで、昨今は需要が供給を上回るほどになっている。

無農薬・無化学肥料で、食の自給を大事にしていることは同じでも、経営の仕方、栽培の細部や雰囲気は1軒1軒違う。といっても昼ごはんの取り方とか、説明のされ方から感じているだけだけど。例えば金子さんのところは、12時にお昼・3時にお茶と決まってて、みな勢揃いで食べる。多忙な金子さんは不在なことも多く、準備校の現場は研修生がかなり任されている感じ。田下さんのところは、お昼は13時過ぎに準備校生だけで食べ(多分全員はいれる場所がないから)、休憩はなし。田下さんがプリントを用意してその日の作業を説明してくれる。研修生はあまり姿を見せない。そんなのは農業に関係ない些末事かもしれないが、でもそういう細部が積みあがって暮らしってできていくものだ。
半年のあいだに4軒を順に見たことで、ひとくくりに農家といっても様々、その人のスタイルがおのずと反映されるんだろう、ならば私にも私なりのやり様があるはず、と思えた。これが準備校の長所2つ目。

さて1日の流れは、11時に集まって本日の予定を聞き、ちょっと作業したら1時頃にゆっくり食事、午後は3時間あまり作業して解散。参加者は1班7人くらいいるので作業は割にサクサク片付くし、体がキツイことはなんにもない。
秋から始まるⅡ期だとやることはサツマイモ掘り、稲刈りと稲架かけ、稲藁干し、竹の伐採、落ち葉掃きと踏込み温床作り、麦踏み、春が近づくと種まきや定植などだった。「校」と名はついていても、教わるカリキュラムが決まっているわけじゃなく、その日その日に農家さんでやろうとしてることを、ちょこっと手伝わせてもらう感じだ。

体を動かしながら、農家さんも基本は一緒にいるのでアレコレ質問・相談したりできるし、参加者同士でも農業への思いとか先々の悩みとか、考えていることは似ているから話は尽きない。関心と悩みの同じ仲間に会えるのが長所の3つ目。
たとえば会社を辞める前、職場で、自給自足したい農業したいという気持ちに、いいよねーと肯定はされても現実感はなかった。それに、そうは言っても難しいよねー、と続いた。
準備校生だって農業に踏み切れてはいないけど、たとえば食糧は自給が基本、野山を汚さず暮らしたいという思いは前置きなく共有できる。それだけでずいぶん心強い。

最後に4つ目の長所は、就農準備校という名前にも関わらず、就農しなくて一向に構わないこと。就農”心の”準備校といったほうがいいかもしれない。案外そういうものは少なく、行政の就農支援○○って、終了後は当町で就農すること、みたいな縛りがありがちらしい。まあ自治体の税収を使うからには自然な話だ。
一日体験とか観光農園ならもちろんそういった後々のひっかかりは無い、けど就農を考える材料としては物足りなすぎる。
それなりの期間・回数でありながら参加のハードルは低い就農準備校は結構貴重な存在らしい。実際、就農ではなく家庭菜園をレベルアップしたいという動機の人もいたし、私が通ったときの30人の受講生のうちコース終了後に研修なり就農なりしたのはたぶん数名じゃないかな。その一方で卒校10年後に就農するひとがいたりする。門戸は広く息の長い活動なんだ。

* * *
私の畑は、6月12日からようやく雨が降り、ほとんどの作物は大丈夫な丈に育ちました。
〈みっしりしたおいしい茄子! まだまだ穫れる予定!〉
〈みっしりしたおいしい茄子! まだまだ穫れる予定!〉
しばらく草刈・追肥・誘引のルーティンが続きます。唯一ゴマだけは、播いても播いても出た芽をネキリムシ(*4)に食われるという攻防中。らちがあかないので、今さらセルトレイで育苗を再開しました。現在収穫できるのは大根・茄子・キュウリ、もうそろそろがピーマン、ミニトマト。その次が空芯菜、ツルムラサキ、播き遅れたオクラとズッキーニは7月中旬以降になるか……。
〈ゴマの攻防。上の列は三度も植えなおしたのに壊滅的。下の列手前は食われずに無事、その奥の苗は植えなおして少し小さい。ネキリムシ憎むべし〉
〈ゴマの攻防。上の列は三度も植えなおしたのに壊滅的。下の列手前は食われずに無事、その奥の苗は植えなおして少し小さい。ネキリムシ憎むべし〉

付記:次回更新は7月中旬の予定です。

*1:日本農業実践学園 昭和2年に創立というからもう90年ちかくの歴史がある。全寮制で若いひとが勉強と農業とを身につける専門学校。コースには野菜もあれば水耕も畜産もある。そのうちのいわば社会人向け、転職志望者向けのコースとして就農準備校がある。

*2:『複合汚染』 有吉佐和子著70年代半ばの大ベストセラー。編集Tの実家の書架にもありました。農薬や排ガスなどによる環境汚染の害毒に警鐘を鳴らす内容。つづけて出版された対談集『複合汚染 その後』には、司馬遼太郎や野坂昭如らのほかに農業の実践者として金子美登さんも登場する。

*3:小川町有機農業生産グループ もう40年も有機農業に取り組み、幅広く研修生も受け入れてきた金子さんのもとからは、たくさんの人びとが全国で農家となった(先日講演で約100名と聞いた)。生産グループは、なかでも小川町で有機農業を実践している農家さんたちのグループ。HPには、霜里農場はもちろん、ここにつどっている農場の紹介、HPへのリンクがあります。

*4:ネキリムシ 昼はネギなんかの根元3センチほどの土中に丸くなって寝ていて、夜中に出てきて茎の先端(ここに成長点がある!)をちょこっと齧ってまわる嫌なヤツです。スガタカタチは画像検索してください。見つけ次第断固退治。1本丸ごと食べて満足するか、葉っぱの2・3枚ならいいのに、ひと齧りで株を頓死させまわるのが憎々しい。ヨトウムシも見た目・行動が同じ。今年はとても多いと聞きます。