【第3回】読書で旅した遠い国 星薫

放送大学叢書通信003号(2011年11月発行)より、認知発達心理学の星薫先生のエッセイをご紹介します。

 読書で旅した遠い国 星薫

 本との出会い、思い出を書くようにと言われて、パソコンに向かってはみたのですが、考えてみると、私には子ども時代を通じて、本を読むという習慣がほとんどなかったということに思い至りました。『少年少女世界文学全集』という、当時多くの家庭にあった、子ども向けの全集が、我が家の本棚にもズラッと並んでおりましたが、それらの本には、ほとんど読んだ形跡が見当たりません。幼稚園時代に見た絵本を除いて、小、中学生時代の私には、本に親しむという習慣は、ほとんどなかったようです。とはいえ私は、外で真っ黒になって遊ぶことが大好きというタイプの女の子ではなかったと思いますし、スポーツが大好きな訳でもありませんでした。もちろん「ガキ大将」なんかではありませんでした。
 それでは、私は学校以外の時間、どこで何をしていたのだろうかと、わがことながら、はたと考え込んでしまいました。現代の子どもたちと違って、私達の時代には、テレビっ子という子どもはいませんでした。そこまで考えて思い出したのですが、私は良く周りの田舎の景色を眺めては、辺りを「ほっつき歩いて」いたのでした。当時、我が家があった辺りは、今でこそ、住宅地になってしまいましたが、私が子どもだったころには、周囲に林があり、畑があり、野原があり、牛を飼う農家までありました。それで、私は頻繁に、犬と一緒に、あるいは自転車に乗って、あたりのくさはらや畑の中の道を、歩きまわり、草原で虫を捕まえたり、広い野原に犬をはなして、追いかけっこをしたり、薄暗くてちょっと怖い、林の中の道を、自転車で駆け抜けたりして過ごしていたのです。だからでしょうか、今でも田舎の景色や、山の端に沈む太陽などには、強い郷愁を感じてしまいます。
 そんな私にとって、読書を面白いと思えるようになったきっかけの本があるとすれば、それは、高校生の時に英語で読んだ、F・バーネット作の“The Secret Garden”だろうと思います。別に誰かに強制された訳ではないのですが、英語で本を読んでみようと一念発起して、話の筋を知っていたこの本に、挑戦したのでしょう。辞書を使うと、興をそがれますので、分からない単語がいっぱいだったのですが、それには目をつぶって、ともかく読んでみました。すると、イギリスの田舎の草原や、荒れ果てた庭の様子などが、直接、私のイメージの中に飛び込んできて、私もsecret gardenの仲間になったような、楽しい気分になれたのです。行ったことも、見たこともない遠い国の物語なのに、イメージの中だと、距離も時間も全く問題にならなかったのです。私自身が子どものころにうろついた、林の中の、落ち葉のカサコソという音や、緑のくさはらをわたってくる風、冬枯れの庭の荒涼とした様子や、静けさの中の鳥の声などが、翻訳を通していない分、直接伝わって来るように感じられました。その時初めて、本を読むことが、単に文字を追いかけることなのでなくて、遠い国や、既に失われてしまった世界へと、私たちを連れて行ってくれ、そこで私たちを遊ばせてくれる、素晴らしい行為なのだと、遅ればせながら知らされたのでした。もちろん、本の世界は常に楽しいことや嬉しいことばかりではありません。現実には遭遇したことのないような、悲しみ、恐怖、怒りなどが、渦巻いていることも少なくありません。しかし、本の中でそうしたことを疑似体験できること、それによってそうした体験を実際になさった方々の心の奥にある悲しみや、苦しみをいささかでも追体験し、共感できることの大切さを、今の私なら理解できるように思います。
 私はいまだに、ヨーロッパを旅する機会に恵まれていません。この先、そうした機会があるのかどうかも、定かではありません。でも、本で出会った地や時代への旅なら、実際に触れた時の感動は、まるで懐かしい場所に帰ってきた時のように、きっと、とても大きくて深いものになるのではないでしょうか。(放送大学教授)