【第4回】『無常』と出会った夏 草光俊雄

放送大学叢書通信004号(2012年1月発行)より、英国史学者・草光俊雄先生のエッセイをご紹介します。

『無常』と出会った夏 草光俊雄

 浪人していた頃から、乗鞍高原の番所の学生村(今はもう無くなっているだろうが、当時は大学や司法試験の受験生、あるいは現役の学生たちが涼しい場所で一夏勉強するところであった)に、すでに大学に入っていた友人と一緒に行くようになった。
 宅配便など無かったので、最寄りの駅からチッキといって、鉄道で荷物を送り、それを新島々の駅に取りに行ったものだ。その荷物の中に受験参考書と一緒になんとなく入れておいたのが父の書棚から借りた一冊の本、唐木順三著『無常』であった。高校生の時から当時筑摩書房から出ていた雑誌『展望』を愛読し、執筆の常連であった唐木の名前は知っていたのだろう。受験勉強に飽きたら読もうと思って荷造りの時に入れたのだったか。
 受験に失敗し、翌年合格するという確信もなかったし、それよりも自分はいったい何をしたいのか、それすらも定かではなかった。なにか確かなもの、自分自身がしっかりした考えをもたなければ、と若い頃特有の生真面目な気持ちでいたのだろうと思う。夏休み前に相談に行った高校の教師は私の迷い(当時建築家になりたいと思っていた私は、同時に医師であった父の跡を継いだほうがよいのかなと悩んでもいた)に対して「父親を乗り超えることが出来るかな」と問いかけた。その自信はなかった。
 『無常』はそうした迷いの中で苦しんでいた私に一つの啓示のようなものを与えた。勿論難しい内容だったのでどこまで理解したかは心許ない。しかし一遍上人や道元禅師について論じているところで、私は「身も捨てよ、心も捨てよ、捨てることをも捨てよ」といった教えに完膚無きまでに打ちのめされた。
 学生村からの帰途、私は唐木順三氏に電話をした。お会いして私の気持ちを話し、アドヴァイスをもらいたいと切に思ったのである。先生は会いに来なさいとおっしゃってくれた。南林間のお宅にお邪魔すると、玄関の所にあるちょっとした来客用の椅子に座って、私の悩みを聞いてくれた。先生は浴衣姿だった。時折電話がかかってきて、「旨い酒が手に入ったから今度飲もう」などと話されているのを聞いて、自分もいつかお酒をご一緒できれば良いな、などと愚にも付かないことを考えていた。今後の人生についての先行きについて、先生は次のように言われた。「師の矩を踰えず、と言う言葉がある。父親であろうと、先生であろうと、君がいくら偉くなったとしても、その大きさを決して踰えることは出来ないのが人生の常なのだ」。この言葉は孔子の「七十にして心の欲することに従いて矩を踰えず」から来ていたのだと思うが、唐木先生は「師の矩を踰えず」と即興的に教え諭されたのだと思う。私はこの言葉に深く思うところがあった。どれだけ尊敬し憧れている師(私の場合それは父であったが)であろうと、それだけに師を超えることは出来ないのだ、人は分をわきまえ、一生懸命努力するだけなのだ、という美しい人間関係について諫められ教えられたような気がした。
 私は結局建築家にもならず医師にもならなかった。しかしこの「師の矩を踰えず」という言葉は、私の一生の心の支えとなって今も生きている。師は超えられないものなのだ。どんなに自分の仕事が立派なものとなっても、自分は師の手のひらの中にいる。その中で自分に出来る最善の努力をすることが肝心である。私にとって師はさまざまな形をとって現れる。時に学問の師である人々、時に人生の師である人々、その中には学生たちも時には私の師であったりする。学ぶ人間の謙虚な心構えを唐木先生から教わったような気がする。(放送大学教授)