【第16回】三木茂夫と『胎児の世界』 金子務

放送大学叢書通信016号(2015年9月発行)より、先生のエッセイをご紹介します。
 もうしばらくこの人の名を聞かない。三木成夫、解剖学者である。亡き親友・伊藤幸郎君(産業医科大医学概論教授)が東京医科歯科大学学生時代にその講義を聴き、よく三木さんの魅力を語っていたが、やがて編集者時代の私もお茶の水の三木さんに惹かれていった。三木さんは私も創設会員となった学会「ゲーテ自然科学の集い」の世話役をやっていたし、私の恩師木村雄吉先生の兄弟子筋でもあったから、それも自然であったろう。

やがて三木助教授は東京芸大の教授に転出していく。美術解剖学の担当だが、多くの時間を芸大保健室長として、白衣を着て悩める芸術家の卵たちの有力な相談相手になってもいた。一方、三木教授が太線の模式図と写真をみせて独特な声音で語る比較解剖学の講義は大人気であった。とりわけ、人間の胎児の克明な顔貌の変遷が、深い意味を持って、芸大生を圧倒したのだ。

三木さんは、初めは鶏卵の孵化過程を克明に調べていた。心臓に墨汁を注入して全体の微細なネットワークを調べるのだが、決まって四日目になると、墨汁注入を受け付けない。しかし一日足らずでまた注入が可能になる。どうやらこの時、ヒヨコになるための劇的な体制変化が起こっていたのだ。このことが、古生代の終わりに一億年をかけた脊椎動物の上陸劇を、鶏卵が四日目の二十四時間で再現している、「個体発生は系統発生を繰り返す」というヘッケルの法則を目の当たりしたのだ、と気づく。三木学の出発点であった。

人間の胎児も、小豆ほどの受胎一ヶ月後から三十八日目を過ぎてからの一週間の間に、その顔貌を、古生代の魚類ラブカの顔から陸上の中生代爬虫類ムカシトカゲの顔になり、やがて新生代の原始哺乳類ミツユビナマケモノの顔に変わることを明らかにした。進化の歴史では三億年を要した人間の先祖の上陸劇を、胎児がたった一週間で再現する。このことを、克明な点と線の描画で芸大生に見せた。まさに古代形象の「おもかげ」がそこにあったのである。これは多岐にわたる三木思想のほんの一例にすぎない。

私はこの話を中公新書編集部に持ち込み、三木さんを説得して、『胎児の世界—人類の生命記憶』という一九八三年刊の新書本になった。いまやロングセラーの一つで、私は講義に出かけた学習院女子大の夏の課題によく指定した。

この例に限らず、三木さんの考えは多くの人に感動を与えた。

私も、三木さん没後、遺稿集の『生命形態学序説—根源形象とメタモルフォーゼ』(うぶすな書院、一九九二年)の解説を書きながら、心と体の相関関係を考える上で、三木解剖学の知見がきわめて重要なことに気づいた。

三木さんは、動物である人間の体には生物発生以来の三十五億年の生命記憶が刻まれ、のどから手を突っ込んで、内臓を裏返しに引っ張り出せば、その形と機能は枝葉をもつ植物そのものだ、と言っていた。栄養−生殖系(胃袋と生殖器と心臓血管)を植物器官、感覚−運動系(眼と手足と脳神経)を動物器官と呼んでいたが、植物は太陽を心臓にして大気の循環によって炭酸同化して栄養を作り、その植物器官が人体に埋め込まれているのである。

三木さんが好きな其角の俳句に「海棠のいびきを悟れ涅槃仏」がある。カイドウは五月頃に咲く花木で、もう横になって成仏しようとする仏像が足下にあったのかもしれない。釈迦仏が、大きく呼吸する植物のいびきを感じ取って、自然に生かされている人間存在を思え、とでも教えているのだろうか。(大阪府立大学名誉教授)