五つまみめ ロンドンの人々

今回は、何気ない会話から見えてくる宗教観について、マツモトさんがレポートしてくれました。
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 世界で起きている紛争のいくつかは信仰する戒律の違いによって起きている、ということは誰もが感じている事だろう。そして、宗教間の垣根を超えることは決してない、と思う人も少なくはないと思うし、私自身そのように考えていた。しかし、サウジアラビア出身の人とブラジル出身の人と3人で話す機会があり、その考えが少し変わった。
 
 私の通う語学学校には“チルゾーン”という、パソコン、ソファーと机・椅子が置かれた部屋がある。要は調べ物や勉強や雑談をする部屋なのだが、ブラジル人の友人とそこで話をしていた時、同じくそこで勉強をしていたサウジアラビア出身の女の子に話しかけられ、雑談が始まった。
 外国の人たちは他国の文化に興味深く、日本語であいさつしてきたり、「芸者知ってる!」と言われたりすることが時々ある。彼女にもいきなり「ポケモンの国でしょ?」と聞かれ、私たち3人はお互いの国の文化についてしばらく話し合った。サウジアラビアの国旗に書いてある文字について質問したことをきっかけに、イスラム教の預言者の話になった。
 サウジアラビアはご存じのとおり中東・アラビア半島にある国の中で一番大きく、イスラム教が国教になっている国である。サウジアラビアの国旗は全面緑色で、中心に剣と「アッラーの他に神はなし、ムハンマドはアッラーの使徒なり」と書いてある。一方ブラジルはコルコバードのキリスト像で知られるとおり、国民の大半がキリスト教で、世界で一番カソリック教徒が多い国だ。この異なる国、異なる宗教の2人が、それぞれの宗教に存在する預言者の名前を挙げては「イブラヒムとか」「イブラヒム?ああ、アブラハムか」といった具合に、そこから2人が共通して持っている概念を見出していく。もちろん発音が全く違う預言者もいて誰の事を言っているのか解り合えない時もあったが、争いの元である以外にない、と思っていた異宗教の間でも、ささやかではあるけれどそこから分かち合えるものを見つけて交流することができる、宗教は人の間をつなぐ物になりうるのだ、と、まるで先の見えない森で新しい道を発見した思いである。
 一通り名前を挙げたのち、サウジアラビアの女の子の「子どもにはマリアという名前をつけたい。本当にとても美しい名前だから。」と目をキラキラさせて言った言葉とともに、この話題は幕を閉じた。

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(文と写真・松本麻美)