第3回 ブラインドテイスティングはワインの推理ゲーム

 今年3月、東京国際フォーラムで第14回世界最優秀ソムリエコンクールが開催された。田崎真也さんの優勝が1995年の東京大会だから、じつに18年ぶりの東京開催。今回は過去3度も2位になりながらあと一歩及ばずにいた、スイス代表のパオロ・バッソが悲願の優勝を果たし、3日間の戦いに幕を閉じた。
 ソムリエコンクールの花はブラインドテイスティング。つまり、正体の明かされていないワインの”目隠し”試飲である。選手はグラスに注がれたワインを手に取り、外観、香り、味わい等を次々にコメント。最終的にワインを特定する。観戦しているこちらとて、ワインの正体など知るよしもないが、選手のコメントからどこのワインかを推理しているだけで胸の高鳴りが収まらない。
 ところが終了後、公開決勝を観戦していたひとりの女性がこう言った。「世界トップのソムリエたちでも当たらないんですね」
 はい、当たりません。当たりませんとも。今回はとりわけ難問ばかり。白がインドのシュナン・ブラン2011年、赤はスペインのフミーリャ2010年(ブドウ品種はモナストレル=フランスのムールヴェードル)、イスラエルのピノ・ノワール2008年、フランスのボーヌ1級エーグロ2005年(ブドウ品種はピノ・ノワール)の4本。とくにイスラエルのピノ・ノワールにいたっては、イタリアのネッビオーロと答えたのが2人、ギリシアのクシノマヴロが1人と、とてもピノ・ノワールとは想像しかねる解答だった。
 ソムリエコンクールのブラインドテイスティングでもっとも印象に残っているのは2010年のチリ大会。優勝した英国代表ジェラール・バッセの審査だ。最後のワインの試飲で、彼はそれが貴腐ワインであることをしきりに仄めかしたコメントをしているのだが、なかなか産地や品種を特定できない。刻一刻とタイムリミットが差し迫っているので、こちらはドキドキ。最後の最後、審査員から「タイム」の声が上がるのとほぼ同時に、彼は貴腐ワインの考えを翻し「カナダのアイスワイン、品種はヴィダル」と答えたのだ。見事に正解。鳥肌ものだった。
 ひとりの人間が世界中のワインをすべて試飲するのは物理的に無理なこと。それでもソムリエは自身が知覚した要素の断片をつなぎ、過去の記憶と結びつけ、あるいは推理し、答えを導き出す。このスミレのような香りとスパイシーな風味はシラーではないか、この穏やかな酸味とアルコールのボリューム感は温かな産地ゆえでは……と。それでもズバリ当てるのはなかなか難しい。
 さて、こんな仕事をしていると、ソムリエでなくともブラインドテイスティングの挑戦を受けることがある。もっとも身近な挑戦者はうちの奥さん。この場合、それほど突拍子もないものは出してこないし、値段も限られるのでワインの範囲をある程度しぼり込むことはできる。
 最近、正解したのは2010年のブルゴーニュ・アリゴテ。とても良い出来のワインで、一瞬、シャルドネと答えそうになったが、そんな簡単な答えを用意するはずはないと考え直し、ふとアリゴテが閃いた。まるでコンクールでのバッセのように。おっと、突拍子のないものもあった。サン・プールサンというフランスの白ワイン。品種はトレサリエ。聞いたこともなければ見たこともない地品種で、もちろんハズレ。いつかはリベンジしなければならないと思いながら、まだ果たせずにいる。
 一方、同業者やワイン仲間がラベルを隠したワインを持ち寄る場合は、誰もが相手を陥れようと難題を用意してくるから当たらなくて当たり前。反対に気分は楽だ。
 今まで銘柄、造り手、ヴィンテージまで完璧に当てたのは3度しかないが、うち2度はまったく同じワインを半年以内に経験していたからで、単についていただけのこと。大外れは白なのに赤ワインの銘柄を答えてしまった時。いくらなんでも白を赤とは間違わないだろうと思われるかもしれないが、黒いグラスで飲まされたので色さえわからなかったのだ。樽のニュアンスに誤魔化されたというのは苦し紛れの言い訳にすぎず、キャリアの初期の出来事とはいえ、今思うとかなりこっぱずかしい。
 生産者が突然出してくることもある。この春にボルドーを回った時、シャトー・ヴァランドローのジャン・リュック・テュヌヴァン氏が取材スタッフ一同を晩餐に招いてくれた。彼のドキュメンタリーを撮影中のTVクルーと、ボルドー専門のジャーナリストも同席。アペリティフのシャンパンで舌を湿らせた後、テュヌヴァン氏がセラーから2本のワインを持ってきた。
 ボトルはすっぽり布で覆われていて銘柄は見えない。ブラインドだ。「ヴィンテージを当てて。2本とも同じだから」と彼が言う。ボルドーのジャーナリスト氏は、「そんなことは無意味」といって棄権。こうなるとこちらは意地でも当てたくなる。
 瓶型からしてボルドーには間違いなさそうだし、口に含んだ際のまろやかなアタックから、ボルドーでもサンテミリオンやポムロールの位置する右岸と推察。ある程度は熟成しているがそれほど古くはない。それでも優れたヴィンテージ特有の緻密さが感じられたので、右岸の90年代後半で偉大な年と考え、98年と答えると、これが正解。ヴァランドローとラ・フルール・ペトリュスの98年。なんとか面目を保つことが出来た。
 ブラインドテイスティングは一種の推理ゲームで、答えを導き出すまでの過程が面白い。ただ、以前あった、2本のワインのどちらが高級でどちらが安物かを当てるようなTV番組への出演だけは避けたいところだ。万が一はずしでもしたら……と想像するだけでゾッとする。(by柳忠之)
「ヤルデン・ピノ・ノワール」:今年の世界最優秀ソムリエコンクールの決勝で出題された、ゴラン高原で産出されるイスラエルのワイン。味わったことはないが、3人の選手のコメントからすると、かなり独特の風味のよう。

「イニスキリン・アイスワイン・ヴィダル」:前回の世界最優秀ソムリエコンクールの決勝で、優勝したG・バッセが見事正解。気温が氷点下8度以下になり、氷結したブドウを収穫して造ったもの。ヴィダルはブドウ品種の名前。

「シャトー・ヴァランドロー1998」:ボルドーのサンテミリオンで造られる元祖ガレージワイン。ガレージワインとはガレージのような小さな醸造所で造られる小量生産のワインのこと。昨年、サンテミリオンの格付けで特別第1級Bに昇格。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/