第5回 ワインの通信簿

 先日、机のキャビネットを整理していたら懐かしいものが出てきた。大学の成績通知書だ。私は社会人になってからもう一度学部学生をやり直したので、出てきた通知書はその時のものだった。仕事が暇だった1年次は比較的好成績だが、ちょうどワインブームのまっただ中で、学校に通うのもままならなかった2年次の成績はすこぶる酷い。3年次と4年次は改心したのかそこそこの成績とはいえ、「漫画史」などでAをとっても、少しもいばれないのは明白である。
 そういえば、小学校や中学校の時に成績表をもらって納得いかなかったことがある。テストの点数で評価される国語や算数・数学はよいとして、たとえば体育のような実技教科の成績はどのような基準で付けられているのかと疑問でならなかった。自分はかくべつ運動神経の良いほうではなかったから、5段階で万年3の成績も致し方なしと思っていたが、中学2年の時に初めて4がついた。理由がよくわからず体育の先生に尋ねてみれば、「ふだん遅いくせに一生懸命走ってたから」と同情票のような回答で、成績が上がったのは正直うれしいものの、その不明瞭な判定基準にはなんとも合点いかなかったのを覚えている。
 ところで、ワインを販売するネットショップを覗いたり、メルマガを購読していると、「パーカーポイント93点!」などの謳い文句が頻繁に登場する。そもそもワインに親しみのない人には「パーカーポイントってなに?」だろう。パーカーポイントとは、アメリカのカリスマ的ワイン評論家、ロバート・パーカー・ジュニアが試飲したワインに付けた点数のこと。100点満点でスコアリングされ、95点以上を得た希少なワインは、瞬く間に市場から消え去ってしまう。とくに100点満点を獲得したハーラン・エステイトの94年やル・パンの82年は、世紀のワインの殿堂入りだ。
 実のところ、巷で使われるパーカーポイントとは、パーカーが主宰する「ワイン・アドヴォケイト」という雑誌のスコアであり、今では各産地ごとにスペシャリストが試飲をしているので、この雑誌に掲載されたスコアをすべてパーカーポイントと呼ぶのは誤りだが、この表現が改まる様子はない。
 パーカーだけでなく、アメリカではワイン・スペクテーターという世界最大の発行部数を誇るワイン雑誌もスコアリングしてるし、ブルゴーニュのワインに強い評論家としてはアラン・メドウズという人物もいる。人により、また国によっても点数の付け方に特色があり、アメリカ人は100点満点が好きだが、フランス人は20点満点を好む。このあたりは、その国の学校教育で用いられる採点方法が影響しているようだ。
 ほんの数年前まで、私はワインのスコアリングを頑なに断り続けてきた。ひとつには、生産者が心血注いで造り上げたワインに点数を付ける行為が恐れ多く思われたこと。それに例の体育の成績ではないが、そもそもワインの香りや味のような数値化しようのないものを、点数で表すことに疑問だったこと。さらにワインの印象は試飲時のコンディションによって大きく変わるので、誤評価を免れ得ないことなどがその理由だ。
 いくら高名な美術評論家でも、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」に98点とか、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」に97点など付けはしまい。フランボワーズの香りがしたらプラス5点で、カシスならプラス7点なんて決めるのもナンセンスだ。へばりかけの夕暮れ時、立ちんぼのままひと口試飲した時と、感覚の鋭敏な昼前に、落ち着いた状態で試飲するのとでは、同じワインにまったく異なる印象をもってもなんら不思議ではない。
 たしかに数字はわかりやすい。実店舗における対面販売であれば、評論家の点数など気にせずとも、自分の好みを店の人に伝えて、ぴったりのワインを選んでもらうことができるだろう。しかし、ワインをネットで買うことが当たり前になった今、ますます点数ばかりが独り歩きする傾向にある。同じタイプのワインが同じ値段で売っていれば、おそらく10人中9人は点数の高いほうを選ぶだろう。では、2種類とも買って、いざ飲み比べてみたとする。あにはからんや、点数の低いほうが自分の好みということも、ざらにある話なのである。
 そういえば、パーカー嫌いで有名な、英国ワインジャーナリズムの大御所、ヒュー・ジョンソンもワインの点数付けには批判的で、「どうしてもワインに優劣をつけたいなら、こうしたらいいんじゃないか」と自説をぶったことがある。曰く、最低が「ひと嗅ぎで十分なワイン」、その上が「ひと口だけ飲んでもいいワイン」、さらに「グラス1杯」「ボトル1本」と上がっていき、最高は「畑ごと買いたいワイン」。いかにも英国流のウィットが効いている。
 ワインのスコアリングに懐疑的だった私がそれを始めたのは、ソムリエの石田博さんと「お値打ちワイン301本」という本を出したのがきっかけだ。もとの企画では私と石田さんとでコストパフォーマンスに優れたワインを100本くらいピックアップし、ただ紹介するつもりでいたのだが、石田さんや編集者と詰めていくうちに「やはり試飲して選ばないと」となり、選ぶからには「ふたりがワインに点数を付け、その平均点をもとに優劣を決めましょう」という話にまで発展した。
 結局、1500種類のワインを集めてすべて試飲のうえ、20点満点でスコアリングすることになったのだが、互いの点数を付け合わせてみると、平均をどこに置くかで1、2点の違いはあるものの、ほとんどのワインが同じ点差で並び、一方が19点なのに、もう一方が13点しか付けてないようなワインは皆無だった。
 これに気を良くしたのがスコアリングを断るのを止めた理由だが、いまだにその行為自体、生産者に対して不遜な気持ちを否めず、またコンディションによる誤評価のリスクは喉につっかかった魚の骨のように、いつも気にかかっている。「あなたが90点付けたので買ってみたら、自分の好みと全然合わなかったので金返してくれ」とでも言われたら、どうしよう……と考え込むくらいの小心者だが、そうした批判にもあうことを想定しながら、ただひたすら真剣に試飲するしかない。
 とはいいつつも、乏しい資本で頑張ってる生産者の姿をみると、ついつい1点上のせしたくなるのも事実。中学の体育の先生はこんな気持ちだったのだろうか。(by柳忠之)
「ハーラン・エステイト」
 カリフォルニアのナパ・ヴァレーで造られる、カベルネ・ソーヴィニヨンを主体としたボルドー・スタイルの赤ワイン。
「ル・パン」
 ボルドーのポムロールにある、たった2haのシャトー。メルロー100%から、年にわずか600〜700ケースのワインが造られる。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/