第6回 シャンパーニュ気質:その1

 久しぶりにシャンパーニュ地方を訪れることにした。とはいえ、ロンドンに用事があってその帰り道にちょっと2日間だけ、という設定だったので、テーマはひとつに絞らなければならない。そこで、かねてから興味のあったシャンパーニュ地方で最も素晴らしいシャルドネが生み出される地区、あるいは「ブラン・ド・ブラン(白ブドウのシャルドネのみ使用して造るシャンパーニュ)」の聖地「コート・デ・ブラン」、の特級格付けの村別違いを探る、に即決。善は急げで早速ある人物に連絡してみた。
 「ピエール・ペテルス」の当主、ロドルフ・ペテルスだ。ペテルス家が所有する特級格付けル・メニル・シュール・オジェ村の畑「レ・シェティヨン」から造られる同名のプレステージ・キュヴェは、多くの人が垂涎の某メゾンの「クロ・デュ・メニル」と双璧ともされる銘柄として知られている。93_第6回_photo2_f
 彼には日本で一度会っていて、自分のシャンパーニュだけではなくコート・デ・ブランの村についての語り口が面白かったのと、質問に対する誠実で細やかな返答をしてくれる姿勢などに対して「ああなんていい人だろう!」という印象が強かったので、きっと相談にのってくれると踏んでのこと。それにうちの主人は現地を既に訪れていて、とてもよくしてもらったと聞いていたし、ロドルフの叔父上にあたる元ヴーヴ・クリコの醸造長のジャック・ペテルスも我々の大好きな人物だった、ということもある。つまり、ペテルス家には信頼を置いているということだろうか。
 そして案の定、シャルル・ドゴール空港からシャンパーニュまでの道のりなどについてメールでやりとりすると、とても親身になって返信をしてくれる。シャルル・ドゴール空港からTGVでシャンパーニュ・アルデンヌという駅まで行けば、そこまで迎えに来てくれるというので、とにかく乗る電車を間違わないように!と肝に命じた。というのも、20年ほど前に一人でシャンパーニュを訪問する予定にしていた時のトラウマがあるからだ。確かパリの東駅だったと思うが、そこからランス行きの電車に乗るはずだった。心配だったので、早めに到着しておいてホームに居たフランス人に頑張ってフランス語で確認した。「ランス行きはこのホームでOK?」すると答えは「そうだよ、ここ。もうすぐ来るんじゃないかな?」。ところが、待てど暮らせど電車は来ない。なんと、ランス行きの電車は反対側のホームから既に……。見ず知らずのフランス人の言葉を安易に信用するものじゃない。これ以来の教訓のひとつだ。
 もとい。ロドルフは、私がシャンパーニュ・アルデンヌの駅に到着して改札を出ると、もう目の前に待っていてくれた。そして、まずは軽くランチをしようとエペルネの街へ向かう前に、小高い丘へ連れて行ってくれた。ちょうどコート・デ・ブランの丘が前方に見える場所。今回のテーマを予め伝えていたので、いかに「コート・デ・ブラン」がシャルドネの栽培に適しているかを、その場で地形を見せながら説明してくれたのだ。後でわかったのだが、彼の母方の祖父は、シャンパーニュ地方の格付けを決めるのに関わった人物だったという。だからそれぞれの村の特徴をよく飲み込んでいるわけなのだ。
 メゾンも訪問して「ヴァン・クレール」と呼ばれるブレンド前のワインから完成品のシャンパーニュまでいくつも試飲させてもらい、次のワイナリーへ向かう時間となった。あいにく私がレンタカーを借りるのをよんどころない事情でやめたため、ロドルフは迎えばかりか見送りまでしてくれることになっていた。忙しい人なのに申し訳ないなあ、と思いつつ、不案内な土地なので藁にもすがる思いで頼りにさせてもらった。次の訪問先に到着し表札も確認できたので、お礼を言って仕事に戻ってくれるように伝えたのだが、ロドルフは立ち去らない。「君のご主人にちゃんとケアするから大丈夫だよ、って約束したからね。きちんとここの主に紹介してから行くよ」というのだ。
 どうやら私の久しぶりのフランス一人旅を、柳さんも相当心配していたようで、ロドルフに直接メールも送っていたらしい。まあ、自分でもちょっぴりドキドキしながらの旅ではあったのだが……。ともあれ、ロドルフのとても誠実な対応に感謝!であります。
 この律儀さは、なんとも日本人の義理人情にも似ている。これは北の人だからだろうか? とも思った。もちろん北半球での言い方だが、北の人のほうが生真面目で、南の住人のほうが楽天的だという。ただ、よくよく考えてみると、ペテルス家の家風なのかもしれないと考え直した。なぜなら、ロドルフは一緒にいた数時間にこんなことを呟いていたからだ。
「いや、本当に父や祖父に感謝しているんだよ。だって、こんなに偉大なブドウ畑を遺してくれたんだから」
「より良い状態で次の世代に渡さなければならないんだ。それはここを継いだものの使命だからね」
「うちは後継ぎは一人(相続で畑を分割しない、という意味)という決め事があってね、父がぼくを指名した時、実は嬉しいというよりもプレッシャーだったよ」93_第6回_photo1_f
 ル・メニル・シュール・オジェ村から生まれるブラン・ド・ブランは、とてもタイトでミネラリーで、長寿な、きっちりとした芯の強い味わいだ。ブドウ畑やそこから生まれるワインの性質は、そこを守る人にも影響を与えるのかもしれない。
「ピエール・ペテルス」
 特級格付けル・メニル・シュール・オジェ村の単一畑「レ・シェティヨン」から造られるプレステージ・キュヴェの他にも、いくつも秀逸なブラン・ド・ブランを造っている家族経営の小さな造り手。RM=レコルタン・マニピュラン=自社畑のブドウのみ使用して造る小規模生産者。輸入元は中島董商店。
 ちなみに別のメゾンで聞いたのだが、今シャンパーニュの特級格付けの村で畑を購入するならば、1ヘクタールで150万ユーロが相場のようだ。つまり、約2億円。
 関連URL:ペテルスについてもっと知りたい方は、是非こちらをどうぞ。
 http://winepressjapan.com/archives/452
 http://winepressjapan.com/archives/515
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/