第7回 ワインが欲しくなるお弁当

 今年はとりわけ奥さんの海外出張が多かった。中学2年の娘がいる我が家では、夜8時以降、娘をひとりにして両親がともに留守をすることが許されず、家内不在の場合は当然ながら、私が晩ご飯の支度をし、娘とふたりで食事をとる。
 あっ、いや、今年は一度だけ両親が揃って不在となるハプニングが勃発。私の渡仏が奥さんのオーストラリア取材と重なってしまったのだ。仕方なく私は現地2泊のプログラムを1泊に縮め、パリ、シャルル・ド・ゴール空港に着陸してから帰路の便が飛び立つまで、フランス滞在30時間の強行軍を敢行した。
 さすがにこんな芸当は誰もするまいと思っていたが、世界一ソムリエで、現在、国際ソムリエ協会会長の要職にある田崎真也さんは、ご自身のフェイスブックに、朝パリに着きその日の夜便で帰国という、滞在時間わずか17時間の出張旅行について書いておられた。上には上がいるものだ。それはともかく、この時ばかりは横浜に住む母に協力を仰いで、ふた晩我が家に泊まってもらい、なんとか切り抜けたのだった。
 さて、奥さんが出張時の最大の問題は晩ご飯の支度である。フランス留学中の1年間を除き、30も半ばになるまで実家を離れることのなかった私は、自炊の経験が無きに等しい。それでも料理は好きだし、作ることにも興味はあった。結婚してから少しづつキッチンに立つようになり、今やカレー、トンカツ、ハンバーグが私の定番料理となっている。
 カレーはふつう、子供の大好きな料理のはずだが、うちの娘は辛いものが苦手であまり好まない。それでも野菜をたっぷり使い、甘口のルーで仕上げた私のカレーなら食べてくれる。無性にカレーが食べたくなるのは決まって夏だから、アメ色になるまで炒めたタマネギに、トマト、ナス、ズッキーニなどの夏野菜を放り込む。
 以前は鶏の手羽元を煮込み、そこから出汁もとっていた。近頃は娘が望むので、練りショウガを加えた鶏ミンチをミートボールにして入れている。これにスパイシーなカレーとくれば、シラーやグルナッシュを用いた南フランスのワインがぴたりと合う。ギガルやシャプティエのコート・デュ・ローヌは値段もリーズナブルで、普段飲みにはちょうどよい。
 ただ、カレーの難点は、翌日、娘にもたせるお弁当のおかずのひとつにならないこと。娘の中学では給食が出ない。食堂もあるが、友達と申し合わせて一緒に食堂でランチをとるならいいけれど、ひとりでうどんをすすってる娘の姿は想像するに忍びない。だから、奥さんの出張時は私がお弁当もこさえることになる。
 おかずの一品は前夜の残りものにして、朝の負担を減らすのが肝。トンカツとハンバーグは定番アイテムで、ハンバーグは奥さんが作ったものよりも美味しいと自負している。トンカツは油で揚げないヘルシートンカツ。豚ヒレ肉の塊を1センチ程度の厚さに切り、スリコギで叩いて伸ばし、塩コショウ。パン粉はあらかじめフライパンで熱し、キツネ色にする。あとは普通にトンカツを作る要領で、小麦粉、玉子、パン粉の順に着け、オーブンで20分ほど熱すだけ。跳ねた油でレンジ回りを汚さずに済むし、脂肪の摂取も抑えられ、昨今代謝の悪くなった自分自身はもとより、お年ごろの娘にも評判がよい。
 それから奥さんの出張時は、彼女が苦手な一方、私と娘が大好きなものを食べる絶好のチャンスでもある。それはラム肉。奥さんは肉の匂いに弱く、とくにラムはダメときている。
 よく作るのは骨付きラムの香草パン粉焼き。ラム肉に塩コショウし、片面に粒マスタードを塗り付ける。パン粉にパセリのみじん切りを混ぜ合わせ、私は一緒に粉チーズも加えている。本来はニンニクのみじん切りを混ぜるらしいのだが、翌日、中2の乙女がお弁当にもっていくことを考えると、ニンニクは控えたい。これを粒マスタードの面に盛りつけ、オリーブオイルを垂らして、オーブンでローストにする。
 一度だけ、カチャトラ風というニンニク、ローズマリー、アンチョビで調理したラム肉レシピに挑戦したことがあるが、残念ながら娘の好みには合わず、今はペルシアードと呼ばれる香草パン粉焼き一本やりだ。先月末に奥さんが出張でいなかった時もこれを作り、合わせたのはレバノンのワイン、シャトー・クーリィのサント・テレーズ。豊かな味わいがジューシーなラム肉を引き立ててくれた。
 お弁当の時はラムの骨を取り、食べやすいように切って入れる。ほかのおかずはカニ身入りの玉子焼き。玉子焼き用のフライパンを使っているが、なかなかうまく出来ない。それからチェリートマト、モッツァレラチーズ、茹でたブロッコリー、ニンジンサラダ、レタスなどを盛りつける。お弁当をカラフルに彩るのは、自分が中学、高校の頃、母が作ってくれたお弁当がまっ茶々だったことの反動。女の子のお弁当は1に見た目、2に栄養、そして味は3番目。とはいっても味だってかなりイケてる自信はある。
 そんなお弁当をフェイスブックに公開すると、決まって友人らから、「これはワインのつまみ?」「お嬢さんの水筒の中は赤ワインでは?」とチャチャが入る。もちろん、未成年ゆえ水筒の中身は温かい緑茶。成人して、大学にお弁当を持っていくようになったら、こっそり赤ワインを入れてみるとしようか? いや、その頃には私の手など患わせず、自分でお弁当を作っているに違いない。それはそれで寂しい気分ではある。(by柳忠之)
「コート・デュ・ローヌ」:南フランス、ローヌ川沿いのヴィエンヌからアヴィニョンに至る産地で造られる、もっとも一般的なワイン。シラーやグルナッシュをブレンドし、スパイシーな余韻が特徴。
「シャトー・クーリィ・サント・テレーズ」:標高1220メートルの高地で造られるワイン。カラドックという、グルナッシュとマルベックの交配品種を主体にピノ・ノワールをブレンド。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/