第15回 ジャケットとワインのトレンド

 水温む季節になったので、ちょっと早めに夏用のジャケットを探すことにした。季節が本番になってからでは、ちょうどよいサイズはすでに売り切れ……ということになりかねない。
 それで手に入れたのは、ダークブルーのコットン・リネン混紡ジャケット。ゴージ位置の高いノッチドラペルの3つボタン段返りで、肩パッドも裏地もない軽やかなアンコン仕立てだ。本切羽の袖をロールアップさせてカジュアルに羽織れるし、真夏のディナーにもタイドアップして着て行ける。その高い汎用性がうれしい。もともと皺や当たりのついたジャケットだから、海外出張でエコノミークラスの荷物入れに押し込んでも、あまり気にならないだろう。
 ファッションに敏感な人からは「なにを今さら?」と笑われそうだが、今までアンコンには抵抗があった。というのも私は極端ななで肩で、肩パッドの入ったジャケットでないと、なんとも貧相に見えて仕方がない。それでもアンコンは世の趨勢だそうで、今どき肩パッドがビシッと入ったジャケットは時代遅れという。秋冬ならともかく春夏は着崩した感じも悪くなかろうと自分を言い聞かせ、遅まきながらアンコンに挑戦することにしたわけだ。
 ここ10年ばかりは、カジュアルでもフォーマルでもモノトーンの服ばかりを着ていた。黒のスーツに白いシャツ、あるいはグレーのスーツに黒いシャツ。ジーンズもインディゴブルーより黒く染めたり、黒にウォッシュをかけたグレーを選んでいた。
 理由は、家内の服装がおもにモノトーンだからがそのひとつ。10年以上前はどちらかというと明るめの色を好み、それこそマルチストライプのシャツを着たりもしていたが、黒ずくめの家内と並ぶと妙に浮いてしまうのが悩みだった。
 もうひとつの理由がモノトーンは流行にあまり左右されないので、長く着れるから。事実、黒地にピンストライプが入った秋冬もののスーツなどすでに10年選手である。ピシッとタイドアップして出かけるのはよほど格式ばった席に限られるので、1年のうちに袖を通す回数もわずかなせいか、糸のほつれひとつない。
 それから仕事上の理由もある。取材時はたいていワインボトルの撮影があるが、ピンクや黄色のシャツを着ていると、ボトルに自分の姿が写り込むリスクが高い。今はデジタルになり、背面モニターで確認できるから、「あっ、柳さん、ちょっとどいて」とカメラマンさんに言ってもらえるけれど、フィルム時代は現像が上がってくるまで気付かないことが多く、「この写り込んでるの柳さんじゃない?」ということも一度ならずあったのだ。黒なら写り込みの心配はほとんどない。
 そしてこれがもっとも大きな理由なのだが、うっかり赤ワインの染みを付けてしまっても目立たないこと。試飲会では口に含んだワインは飲み込まず、吐器に吐き出すのが決まりだが、よほど気をつけていないとたいていワインの飛沫を浴びてしまう。自分が吐き出したワインのお釣りならまだマシなほうで、何人もの人が吐き出した吐器の返り血を浴びるのは、そのワインがたとえブルゴーニュのグラン・クリュであってもよい気分ではない。

 ところで、ファッションにトレンドがあるように、ワインにも多かれ少なかれトレンドがある。
 今年の初めに赤白合計200本のワインをブラインドテイスティングした時のことだ。産地こそごちゃ混ぜだけれど、品種ごとには分けられていた。ただし、どこで品種が変わるのかはわからない。それでもこの価格帯の白ワインなら、ソーヴィニヨン・ブランとシャルドネくらい一発で見分けがつくだろうとタカを括っていた。ソーヴィニヨン・ブランはグレープフルーツなどの柑橘香が華やかで、爽やかな風味。一方シャルドネは、パイナップルやピーチなどトロピカルフルーツの香りがし、まったりした味わいと相場が決まっているからである。ところが……。
 ずいぶんソーヴィニヨン・ブランのエントリーが多いと思ってるうちに残りのワインが少なくなってきた。「これはシャルドネだな」とはっきりわかったのはほんとに最後のほう。すべての試飲を終え、結果集計してから、ラベルを覆っていた紙を外すと、なんとシャルドネが20本近くもあるではないか。チリやオーストラリアのシャルドネも、近頃はまったりしたスタイルから爽やかで引き締まったタイプに変貌を遂げていたのである。
 シャルドネといえば、昨年、久しぶりに訪ねたカリフォルニアで、日本人女性のアキコ・フリーマンさんが造るワインを味わった。その名も「涼風」と名付けられたそのシャルドネは、ひと昔前のカリフォルニアのシャルドネにありがちな、リッチでオーキーなスタイルとは無縁の、じつにエレガントなスタイルに感心した。
 また来日したケイマス・ヴィンヤードのチャック・ワグナー氏を囲んでのランチでは、長男のチャーリー・ワグナー氏が手がけているメール・ソレイユのシルバーというシャルドネを試した。オーク樽を使わずにコンクリートタンクとステンレスタンクで醸造したというこのワインは、当然、オーキーな香りのないピュアな風味で、凛とした緊張感が素晴らしかった。
 もちろん、世界中のシャルドネがみな同じ方向を向いてしまっては、それはそれで面白くない。昔ながらのリッチな風味のシャルドネも、チキンのクリーム煮には合うだろう。要はファッション同様、TPOと気分に応じて選択すればよいわけで、これが今流行りだからと趣味に合わないジャケットを着たり、ワインを飲んだりするほうが不幸だと思う。

 さて、いざアンコンのジャケットを羽織ってみると、なで肩の私でもみっともなさは感じられず、すっきりしたシルエットがなかなかよい。袖の直しが済んだので、早速、白いシャツにベージュのパンツで試飲会に出かけたのだが、案の定、シャツに赤ワインの染みを着けてしまった。赤ワインの試飲会では昔どおり、黒ずくめの服装のほうがよいかもしれない。(by柳忠之)
「フリーマン・シャルドネ涼風」:カリフォルニアのロシアン・リヴァー・ヴァレーにあるフリーマン・ヴィンヤード&ワイナリーの白ワイン。冷涼な気候のおかげで、タイトでスタイリッシュなシャルドネに仕上がっている。
「メール・ソレイユ・シルバー・アンオークド・シャルドネ」:サンフランシスコの南、モントレー郡のサンタ・ルシア・ハイランズで造られるシャルドネ。コンクリートタンクとステンレスタンクで醸造される。ボトルがコンクリートをイメージさせる陶製というのも面白い。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/