第19回 ワインの資格と称号

 えっ、柳さんってソムリエの資格をお持ちじゃないんですか?
 初めてお会いした人にワイン関係の仕事をしていると伝えると、決まって尋ねられるのが、ソムリエ資格の有無だ。かつてソムリエに憧れていた私ではあるけれど、飲食業に従事した経験がないため、ソムリエ試験を受ける資格さえもたない。
 日本ソムリエ協会が与えるワイン関係の資格には3つある。もっとも歴史が古く、なおかつイメージ的にもっともステータスの高いのがソムリエ。先に述べたように飲食業に従事し、おもにワインをはじめとする飲料全般に携わるプロに対して、その知識とサービス技術を認定するもの。
 次に、うちの奥さんも輸入元勤務時代に取得したワインアドバイザーで、酒販店や輸入元などワインの流通に携わる人を対象にした資格だ。そして15年ほど前に登場した新たな呼称がワインエキスパート。とくにワイン関係の職業についていない市井の愛好家が、ワイン通として協会からお墨付きをいただくものである。
 私がとるとすれば最後のワインエキスパートだが、今から受験するのはさすがに憚れる。問題を見せてもらったところ、ワイン以外にも食品衛生や酒税法、日本酒やスピリッツに関する設問も多く、なんの勉強もせずに受験したら間違いなく落ちそう。落ちたら落ちたで黙っていればいいだけの話だけど、試験官が顔見知りのソムリエだったら、受験の事実がばれてしまう。すると合否の結果も詳らかになり、「柳さん、ワインエキスパートに落ちたんだって」との噂は、たちどころに広まるに違いない。一般のワイン通にも劣るワインジャーナリストの書いた記事なんて、誰が信じてくれようか……。そうしたわけで、今なおソムリエはおろか、何の資格もなしにこの職業を続けている。
 先日、フランスのボルドー地方でもガロンヌ川左岸に位置するグラーヴ地区を取材した。グラーヴは有名シャトーが群雄割拠するメドック地区より歴史が古く、ボルドーワインの揺り籠と呼ばれる産地。五大シャトーのひとつ、オー・ブリオンはこの地区にある。
 正確にいえば、オー・ブリオンを含めて1956年に格付けされたシャトーはグラーヴ北部のペサック・レオニャンというアペラシオンに属していて、今回の取材はグラーヴとペサック・レオニャン、ふたつのワイン委員会からの招聘で実現した。また取材には、講談社刊「お値打ちワイン301本」の共著者であるソムリエの石田博さんも同行。面白そうな旅になる予感はすでにあった。
 出発1週間前のことだ。日本の窓口であるSOPEXA JAPONから、「委員会が柳さんと石田さんをグラーヴ騎士団に叙任したいと言ってきていますが……」との連絡を受けた。ワイン産地には、なんたら騎士団という振興団体がたいていある。その産地のワインの普及に貢献のあった人や、今後の普及活動に影響力のある人に騎士号を授け、アンバサダーとしてさらなる普及活動に勤しんでもらおうというもの。グラーヴ騎士団なる団体は初耳だが、3月に取材したボルドー右岸のラランド・ド・ポムロールというマイナー産地にさえ騎士団があることを知っていたので、ローカルな騎士号とばかりその時は思っていた。石田さんも同じ考えだったようだ。拒む必要は何もないので、「ありがたく頂戴します」と返答した。
 騎士号叙任というと正装がお決まりである。ただでさえ荷物が嵩張るのにタキシードと革靴を用意して行くのは骨が折れるが、当日の服装についてあらためて尋ねてみれば、「ジャケットさえ着ていれば問題ありません。セーラー服で叙任された水夫の方もいるそうです」との返事。叙任の場所も、取材先であるボルドー大学醸造学部教授、ドゥニ・デュブルデュー氏のクロ・フロリデーヌ。教授のインタビューが済み次第、醸造施設の中で叙任式という。そんな軽さがまた、ローカルな騎士団らしさに拍車をかける。
 万が一のことを考えて蝶ネクタイと比翼シャツを鞄に忍ばせつつ、白いポロシャツに、先だってのコラムでも書いた綿麻混のジャケットを羽織って取材に出た。当日は快晴で気温は摂氏30度を越えている。太陽がジリジリと照りつけ、薄手のジャケットにノータイでさえ暑い。タキシードでなく本当に助かった。
 教授のインタビューが終わるか終わらぬかのうちに、わらわらと人が集まり始めた。どうやら騎士団の人たちらしい。ケープを肩にかけた一番偉そうな人がわれわれに挨拶に来た時、通訳コーディネータの井口尚美さんが「あっ!」と声を上げた。「叙任って、もしかしてコマンドリー・デュ・ボンタン?」
 コマンドリー・デュ・ボンタン、日本でボンタン騎士団と呼ばれる団体はボルドー左岸に位置する4つの産地、メドック、ペサック・レオニャンを含むグラーヴ、ソーテルヌ、バルザックを網羅する、ボルドーを代表する騎士団である。バッチにあるMGBSのイニシャルを見て、井口さんは気付いたらしい。ローカルな騎士号とばかり思っていたら、ボルドーでもっとも権威のある騎士団の叙任だったのだ。
 叙任式ではまず、騎士団の偉い人がふたりの履歴を述べ、続いて読み上げられた誓約書に「ウイ」と答える。次に手渡されたワインについてコメント。それが叙任を認めるか否かの最終審査だ。80_#19_1
 石田さんはこうした場面でも堂々とした態度で、すらすらフランス語でコメントを述べる。そして私の番が回って来た。「では、あなたはこのワインが何か、何年ヴィンテージか答えてください」私は今一度、ワインの香りを嗅ぎ、味わいを確かめたうえで、「クロ・フロリデーヌの2001年です」と答えた。
 インタビューの前に、デュブルデュー教授の造るクロ・フロリデーヌの赤を4ヴィンテージ、白を4ヴィンテージ試飲した。緊張のあまり香りや味わいをなかなか利きとれず、冷汗が流れ落ちたが、ワインの色調が最も熟成したヴィンテージであることを示していた。ただ、叙任式のため、まったく別のワインが用意されていたら……という不安が一瞬頭をかすめたけれど……。
 かような次第で、資格はない代わりに騎士の称号をいただくことにあいなった。これまで「ソムリエの資格をもっているんですか?」との質問に対しては、「いいえ、ブラックジャックのように無資格でやってます」と答えていたが、これからは「ソムリエではありませんがボンタン騎士です」と答えようと思う。(by柳忠之)80_#19_2
「シャトー・オー・ブリオン」:ペサック・レオニャン地区にある、ボルドー5大シャトーのひとつ。1855年に格付けされたシャトーの中で、メドック地区以外はこのシャトーだけ。しかも1級。エレガントな赤に加えて、長命な白を極少量生産。
「クロ・フロリデーヌ」:ボルドー大学のデュニ・デュブルデュー教授とその家族がグラーヴ地区に所有する比較的小さなシャトー。ボルドーの辛口白ワインの品質は、教授のおかげで飛躍的に向上したとされる。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/