第20回 ヌテッラ誕生50周年

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これはおもちゃ屋さんのディスプレイ。この50周年記念ボトルは我が家にもひとつある

パンを主食にする国では、超簡単ランチの定番がそれぞれにある。イタリアではヘーゼルナッツチョコレート・ペーストのヌテッラ。アメリカではピーナッツバター。イギリスではクリームチーズにジャム。
柳さんの好物でもあるヌテッラは、フランス風にはヌッテラと呼ぶらしい。チョコレートペーストとヘーゼルナッツクリームが一緒になっているので、独特のナッティーな香りとコクが加わる。クリーミーな食感とナッツの風味がなんとも魅力的だ。
ヘーゼルナッツの名産地でヌテッラの本場、北イタリアのアルバ市を訪問した時に、あるワイナリーの広報担当の女性がこう説明してくれた。
「私たちはヌテッラに大きくしてもらったようなものよ。特にうちの母はあまり料理が好きではなかったから、ランチはヌテッラを塗ったパンだけ。それ、結構普通だったわ。母から料理を教えてもらったこともないから、私も作らないのよ」
親から料理を教えてもらえなかったことを恨んでいる様子もなく、そんな経験を誇らしく思っている風でもあった。どうやら彼女の家は、夫が料理担当、妻が掃除と洗濯担当、と決めているらしい。お互いに得意分野があるとわかり、自然とそうなったという。ほほえましい理想の夫婦関係かもしれない。

アルバ訪問の目的は、ネッビオーロから造られる赤ワインをたっぷり試飲するためだった。毎度ながら力強い赤ワインのオンパレードで、「バローロ」「バルバレスコ」「ロエロ」の「ノーマル」クラスと「リゼルヴァ」クラスをブラインドでテイスティングしていく。70名ほどの世界中のジャーナリストが参加し、中にはトスカーナやラングドックの試飲会でも見かけた顔なじみもチラホラいる。
韓国からは黒縁眼鏡の男子Cさん。同年代で英語の発音がアジア系だから話しやすい。今回は、伸びた髪を後ろで結んでいた。散髪に行く時間がないほど忙しいのか、ファッションとして気に入っているのかはわからない。
オランダからの長身の男性は名前が一向に覚えられないが、頬を合わせてする挨拶、ビズーには彼なりの決まりがある。「僕たちは必ず3度するんだ。ひとつは自分のため、もうひとつはあなたのため、そして3回目は神様のためにね」といつも説明する。青く透き通るような瞳の甘いマスクで女性にはうんと優しい、と三拍子揃っている。
私にとってはアルバの街もネッビオーロの試飲会も初めてだったが、日本からの先輩は、「ここはこぢんまりしていて、街の中心街を挟んで試飲会場が北、あなたのホテルが南。歩こうと思えば歩けるんじゃないかなあ」という。
先輩とは、このアルバの試飲会に4、5回は参加しているKさん。健康のために朝食前に滞在中の街を散歩するのが日課だから、頭の中にはアルバの地図がもう入っているのだ。
「9時から試飲開始。8時半から9時の間に、マイクロバスがホテル前でピックアップして会場まで送ります」とスケジュールに注意書きがしてあったから、ともあれ初心者は指示通りに、バスに乗って会場まで向かうことにした。

初日の月曜日は、8時40分頃にホテルの前にタイミングよく、15人ほどが乗れるマイクロバスが到着した。乗車するとすぐに発車、10分もかからないうちに会場に着いたが、一度で道を記憶できるほどの頭脳は残念ながら備わっていない。それに、結構長い道のりに感じられて「ここを歩いていけるんだろうか?」と、不安が頭の中をかすめた。試飲会場に入ると、もう席は3分の1ほど埋まり、皆試飲を始めていた。
2日目の火曜日は、早めに出ようと思って8時25分にはホテル前。もうバスは待機していた。オーガナイズを任された会社のメンバーも乗っていた。が、8時半にならないうちに「いいわよ、出して」とドライバーに言うのだ。時間より早い? だいたいイタリア人の行動は時間通りにはいかない、つまり大抵遅れる、と思いこんでいたのに、どうして!? しかも、ちょうど8時半に来た人は、次の便まで置いてけぼりだ。イタリアでも最近はこんなことが多いのかもしれない。
3日目の水曜日は8時半過ぎから待ちに待って、出発できたのが45分過ぎ。
4日目の木曜日は、「どうやら第一便は8時15分頃らしい」という「噂」を信じたが、結局出たのはそれから20分後のことだった。
5日目の金曜日、最終日にはさすがに懲りて歩いた。もう、絶対に歩くと決めていた。試飲コメントなどを記録するために、毎日コンピュータを鞄に入れて持ち歩くので、朝ぐらいは腕を楽にしようと思っていたけれど、まあ良い筋トレになると思えばよい。そもそも、2日目からは朝も毎日歩くと決めていればよかったのだ。日本人がスケジュールを組むとすれば「8時半から9時の間に」という曖昧な書き方はきっとしないだろう。今回学んだイタリア人の感覚は、およそ物事がまとまればよい、帳尻が合えばよいわけで、パンクチュアルである必要性をを感じていない、ということだ。だって実際のところ、「9時からの試飲」には間に合っているではないか。

それにしても、アルバの昔ながらの商店街は、歩いていてとても楽しい。狭い道に石造りの古い建物が立ち並び、車はほとんど通らない。通っても、軽自動車ほどの小さな車体がゴトゴトと急ぐ様子もなく石畳のでこぼこに合わせて走るぐらい。だから、よそ見をしながら歩いても、さして危険は迫ってこない。
カフェからはコーヒーの香ばしさが漂い、お菓子屋さんからは甘い焼き立てクッキーの香りが放たれる。生パスタショップに下見で入ると、珍しく英語で話しかけてくれた。若い世代は英語に慣れているのだろう。高級食材店やトリュフ専門店、もちろんワインショップもあるが、散財の危険があるのでウインドーショッピングに留めておいた。
この商店街のショーウインドーが、一週間で少しずつ変化していくのに気がついた。ちょうど、私たちが試飲を終えて帰る翌日の土曜日に、アルバの街でヌテッラ誕生50周年イベントが予定されているのに合わせて、ヌテッラのグッズで埋め尽くされていったのだ。
パン屋さんでは、大きなヌテッラの旗の上に巨大なパンをディスプレイしている。パンを誕生日ケーキに見立ててロゴマークの赤に合わせた赤いロウソクを50本立て、ヌテッラの瓶と風船で飾りつけだ。
ミッソーニでは、マネキンの横に置かれたヌテッラのロゴマーク入り麻袋に、ヘーゼルナッツがこぼれんばかりに詰めてある。ヌテッラの瓶も置いてあるし、マネキンを飾るアクセサリーも赤系で統一されている。
ITショップでは、ミニチュアのヌテッラの瓶を気球の籠の部分にしてロゴ入り風船につなげて宙に浮かせ、ヌテッラを塗った食パンが積み重なってできた山の上空を飛んでいる情景を描いている。地上にはレゴブロックで作ったトラックが走っていて、荷台にはミニチュア瓶を積んでいる。
ヌテッラの工場はアルバの郊外にあり、その近くを通るとあの甘〜いヘーゼルナッツチョコの空気が漂ってくるから、正確な住所を知らなくても行き着けるとか。ともあれ、きっとこの街の人たちはみなヌテッラで育ったのに違いない。どのディスプレイも遊び心に溢れていて可愛らしくて、ヌテッラへの愛が感じられる。

日本のランチといえば、今や海外にも誇れる“Bento”だ。おかずもたくさん入った幕の内が基本だろうか。でも、ヌテッラを塗ったパンのようなシンプルなものは日本ではないのかな? と考えてみる。すると、おにぎりにたどり着く。簡単に準備ができて、とりあえずお腹も満たされる。どこの家にもありそうな愛される定番をひとつだけ選ぶとしたら、具は梅干し、おかか、昆布、どれがよいだろうか。(by名越康子)
「バローロ」「バルバレスコ」「ロエロ」:いずれも、北イタリアのピエモンテ州から生まれる、ネッビオーロという品種だけで造られる赤ワイン。バローロが最も力強くて長熟タイプが多く、イタリアワインの王様とも呼ばれている。対してバルバレスコは、より上品なタイプが多い。ロエロとなると、もっとソフトでこぢんまりしたタイプになる。ちなみに、ネッビオーロというブドウ品種は晩熟タイプで、ネッビアは「霧」の意味だ。命名にはふたつの説があり、ひとつは霧が煙る晩秋に収穫されるからと、もうひとつは、白い粉をふいたようなブドウの果皮の表面が霧のように見えるからだとか。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/