第21回 ワインの秘密とブラックボックス

 例年より長めの梅雨もそろそろ開けるのか、最高気温が30度を越える真夏日が続く。じめじめした蒸し暑い日の夕暮れには、茹で立ての枝豆とキリキリに冷えたビールが恋しくてたまらない。
 枝豆とビールはテッパンの組み合わせ。爽快感を求めるなら、シャンパンをはじめとするスパークリングワインでもよさそうなのに、どうしたものか枝豆を相手にそうした気にはならない。枝豆という庶民的な食べ物にシャンパンでは、飲み物がゴージャスすぎてイメージ的にバランスを欠くからか……。それともビールの苦味とえだ豆の青い風味の間に、なにやら特別な秘密が隠されてるのだろうか。
 この仕事をしているうえで避けて通れないテーマが、ワインと食べ物の組み合わせ。日本でも天ぷら&スイカとか、鰻&梅干しとか、いわゆる食べ合わせの禁じ手があるけれど、それらはいずれも健康上の理由からタブーとされているもので、食味とはほぼ関係がない。一方、ワインと食べ物の相関関係は、実際に食べて飲んだ瞬間、あるいは余韻での感覚が問われてくる。
 昔から定番とされる組み合わせのひとつが生牡蛎とシャブリ。シャブリはフランスはヨンヌ県にある白ワイン産地である。ブルゴーニュ地方に含まれるが、主だったブドウ畑が連なるコート・ドールからは北西に100キロも離れている。ピュアな酸味とミネラル感が特徴で、たしかに並みのシャブリと生牡蛎はよく合う。ところがシャブリなら何でも合うかといえばそう単純ではなく、小樽で熟成させた上級のシャブリはたいてい生牡蛎と反発しやすい。
 またチーズに赤ワインの組み合わせも定番中の定番だ。ところが、チーズと赤ワインもなかなか一筋縄ではいかない。チーズにもさまざまな種類があり、まずはそれぞれの特徴を理解しなければならない。試しにフレッシュな山羊乳チーズにチリのカベルネでも合わせてごらんなさい。チーズの酸味ばかりが強調されて、とても理想からは遠いはず。反対にこの山羊乳チーズに酸味の強い白ワイン、例えばロワール地方のサンセールを合わせると、天にも上るような快楽が得られる。
 ワインと食べ物を合わせる行為をよくマリアージュ(結婚)というけれど、円満な結果ばかりとは限らない。時には悲劇的な結末を迎えることも覚悟する必要があるのだ。
 ところで、最近は科学の発達にともない、何事も分析値をもとに物事のシロクロをつける傾向が強くなってきた。その例のひとつが「魚介類とワインを合わせて生臭みを感じるのは、ワインに含まれる鉄分が原因」という研究結果だ。
 刺し身にワインを合わせて、「しまった!」という経験をした人は多いだろう。研究によれば、魚介類のもつDHAやEPAなどの脂肪酸が酸化して過酸化脂質となると、ワイン中に含まれる鉄イオン(Fe2+)に反応し、(E, Z)-2,4-ヘプタジナールという生臭み成分を生み出すらしい。
 この結果はこれで、生臭いマリアージュを回避する手助けにはなるだろうが、すべてがすべてこの調子で、松坂牛に含まれる○○○という成分は、△△△と反応して□□□と呼ばれるアミノ酸に変化し、肉の美味しさを引き立てる。だから松坂牛にはこのワインを飲むべし……なんて言われるのはご免だ。予定調和のドラマが見ていて退屈なように、科学的に相性がよいと決められたワインを合わせるだけでは、そこになんのサプライズもないではないか。
 以前、都内のあるレストランでボルドーの赤ワインを持ち込み、食事会を開いた時のことだ。前菜は昆布森の牡蛎を軽くポシェし、自家製のソーセージが添えられた一品だった。同席した人たちから、「ボルドーの赤に牡蛎とは何事ぞ」と声が上がったのはいうまでもない。
 ボルドーは大西洋に近いので魚介類をよく食べる。アルカッションには牡蛎の養殖場もある。しかし、ボルドーで産出されるワインの8割が赤ワインだ。そこでボルドーの人々は生牡蛎を赤ワインとともに美味しくいただく方法を思いついた。生牡蛎と一緒に熱々のソーセージを食べ、そこに赤ワインを流し込むのだ。
 最初は怪訝そうな顔をしていた人たちも、意外な相性のよさに目を細め、最後は賞賛の嵐になっていた。
 また先日、銀座の日本料理店「小十」で勝沼のグレイスワインが主宰する食事会に招かれた時のこと。料理長の奥田透さんは、日本料理とグレイスの甲州との相性についてこのように言われた。
「同じ空気を吸い、同じ光を浴び、同じ水を吸収したものとの間には、なにかしら共通のDNAと呼べるものがあるのではないでしょうか? だからお互い自然に引き合うのだと思います」
 化学式や学名を示されて、だから両者は合うと解説を受けるより、何倍もロマンチックで、料理とワインを美味しくいただける言葉だと思う。
 テロワール、醸造法、料理との相性……。ワインの秘密を解き明かすことは自分の仕事のひとつだが、なかにはブラックボックスにしておきたいこともある。(by柳忠之)
「サンセール」:フランスのロワール地方で造られるワイン。白、赤、ロゼがあるが、ソーヴィニヨン・ブランから造られる、芳しく酸味のきいた白ワインが有名。またこの産地はクロタン・ド・シャヴィニョールという山羊乳チーズでも知られている。
「グレイスワイン」:勝沼にある中央葡萄酒のブランドネーム。とくに甲州に力を入れているワイナリーで、「鳥居平」や「菱山」など勝沼の山地の甲州や、垣根栽培されている明野の自社畑の甲州の人気が高い。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/