第22回 ハネムーナー

 「黒ずくめから卒業します」というくだりが、柳さんのFacebookのコメントに出ていたことがある。何回か前の、彼のジャケットに関するこのコラムをPRするためだった。その内容は、私が着るものに黒が多いものだから、「黒ウイルス」に感染していつの間にか自分も着るものが黒ずくめになったのだけれど、そろそろやめようかと思う、といった内容だったと思う。
 こっちは何の影響も及ぼしたつもりはないから、勝手に「卒業」していただいてまったく問題ないのだが、私がいかにも「黒ずくめ」な日々を送っているように読めてしまう部分が気に入らなかった。だって、私の基本はモノトーンが多い、というだけの話なのだ。スカーフ、ストール、小物類は、色物や光り物も結構あって、原色だってあるのに。まったく何にも気がついてくれてないのね〜、という半ば諦めに似た気分だろうか。

 ついついこういう愚痴話になったのは、成田から北イタリアのフリウリ州に取材で向かうアリタリア航空のベネチア直行便で、隣に座った面白いカップルが記憶に残っていたからだ。
 ちょうど通路を挟んで隣合わせに座った女性が、搭乗して間もなくすると、頻繁に鮮やかな赤いデジカメでシャッターをきる。スカーレット・レッドというのだろうか、光沢のある明るい赤でよく目立つ。搭乗券、ユニセフ募金袋、最初のおつまみのグリッシーニやアペリティフなど、何の変哲(へんてつ)もないものでも記録に残したい様子だった。ベネチア行きの直行便に乗る20代か30そこそこの女子だから、もしや初海外旅行ということもあり得る。
 まめな人だなあ、と思っていたらランチに特別食を頼んでいたらしく、誰よりも早めにサービスされた。トマトソースのペンネに、フルーツとムースのようなデザートと、サラダがのっていた。予想通り、彼女は赤いカメラでパチリと何枚か撮影する。すると、何かが書かれたカードを出して、それもカメラに納めたのだ。
 はしたないけど、じ〜っと見てしまった。“Happy Honeymoon 20E”と記されていた。ハッピー・ハネムーンはいいが、価格を書くの? と一瞬目を疑った。すぐに気がついたが、Eは€(ユーロ)ではなくて、彼女の席番号 “20E” だった。
 「アリタリアのサービスは最悪だ」という話をよく聞いていたので、ここまで気がきかないのかと思ってしまったのだ。偏見というのは本当に怖い。
 そういえば、成田・ベネチア間の14時間超のフライトの前半は、映画や音楽を楽しむためのシステムがダウンしたままだった。一応お詫びのアナウンスはあったが、業務報告といったニュアンスで、さして「申し訳ありません!」という気持ちが込められているとは感じなかった。
 ある人が日本航空のアテンダントの対応に「無駄にニコニコするよね」と、いかにも嬉しそうに言っていたのとは対極かもしれない。やはりアリタリアの日本人ウケが悪いのは、こうしたことなのだろうか。あるいは、日本発でもビールがイタリアものばかりだとか、スパークリングワインは皆無で、ワインもびっくりするほど底辺のものだからか。

 ともあれ例のカップルの旅がハネムーンなのだとわかり、彼女の右隣に目を移すと、確かに同年代らしき男子が座っている。がんばって二人の左の手を探すと、あったあった! お揃いの指輪をしているのが見つかった。我が家とは反対で、ここのうち、できたてのこの家族は女子が撮影担当だったのだ。
 そのカメラ女子(失礼、失礼、新婦さんでした)が身につけるものの色使いが、実に印象的だった。カメラが真っ赤。眼鏡が明るい紫色の縁取り。靴はえんじ色に近いバックスキン。ストッキングがまさに紫。長袖のシャツは、地が水色で細い縦のストライプが5本で1セットといった柄だから地味めではありながら、基調の赤はちゃんと入っていた。スカートは穏やかなベージュ系の黄土色だ。
 さらに、たくさん物が入りそうな大きなバッグは、派手ではないがピンク色。ちょうどハートマークのホルダーがぶらさがっていて、素直に可愛いと思った。きっと、彼女の今の気持ちのすべてを表しているのだろうと、勝手に思いながら、プチ観察を楽しんでしまったのだ。
 彼のほうは彼女に隠れてあまり見えなかったけれど、昔ながらの布マスクをしていて、目の下には「もしかして、アイシャドウを塗ったんですか?」と聞きたくなるぐらいの立派なクマをつくっていた。結婚式まで仕事と準備とで大変だったのかもしれないなあ、と思っているうちに彼女の肩を枕にしていた。
 ベネチアでは、ゴンドラに乗り、ベリーニを飲むのだろうか? あるいはベローナまで足を伸ばして、ロミオとジュリエットの舞台となった館を訪れるのかもしれない。ロマンチックだなぁ。
 
 以前どこかで書いたような気がするが、我が家はハネムーンには行っていない。結婚してすぐに、どちらも別々に海外出張が入っていたから、予定が立てられなかったのだ。それに、最近では交互に出張でどちらかが不在、というスケジュールが多いから、当分ゆっくりした旅に出る余裕はなさそうだ。
 もしも老後に二人で旅行をするようなことにでもなったら、「黒ずくめ」説を覆すために赤いワンピースでも着てみましょうか? いずれにしても、誤解を招くような発言は慎んでもらいないなぁ。(by名越康子)77_成田_s
「コッリオ」:ベネチアから車で北東に1時間半ほどにある、フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州にあるワイン産地。スロヴェニアと国境を接する丘陵地帯で、生産量の80%が白ワイン。ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・グリージョ、フリウラーノ、リボッラ・ジャッラといったブドウ品種名が記された、質の高い白ワインが多い。
「ベリーニ」:ベネチアのハリーズ・バーで始まったというスパークリングワインのカクテル。スパークリングワインと白桃のネクターをブレンドして作るのが一般的だが、既にカクテル仕立てにしたベリーニという名のボトルも販売されている。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/