第23回 結婚式にはシャンパン

 前回、名越さんが書いた「ハネムーナー」の前日譚ではないが、今回は結婚式の話題。先日、フリーアナウンサーの柳沼淳子さんの結婚式に招かれて、虎ノ門ヒルズのアンダーズ東京に初めて出かけた。結婚式への参列はじつに久しぶり。記憶を手繰ってみると、自分たちの式を最後に花嫁の艶姿など目にしていないように思う。
 虎ノ門ヒルズの1階でエレベーターを探していると、グラフィックデザイナーの麹谷宏先生と鉢合わせした。思い起こせば、柳沼さんと初めて出会った際にも麹谷先生がご一緒。シャンパンのグランメゾンのひとつ、ルイ・ロデレールの当主が来日し、都内の日本料理店で食事会が催された席である。
 式は最初から最後までシャンパンづくし。ペリエ・ジュエのグラン・ブリュットで乾杯の後、食事ではプレステージ・キュヴェのベル・エポックが登場した。会場は全体のカラーをペリエ・ジュエのシンボルカラーである白と薄緑で統一。アール・ヌーヴォーの巨匠、エミール・ガレが描いたアネモネの絵が、ボトルを彩るベル・エポック。このシャンパンをこよなく愛する柳沼さんらしい演出である。
 ベル・エポックがテーブルに注がれ始めると、麹谷先生が蘊蓄をひとつご披露。フランスで一般的にアネモネというと赤や紫の花弁をもち、白いアネモネは珍しい。ガレがペリエ・ジュエの依頼でボトルに描いたアネモネは、フランスのそれではなく、日本のアネモネだったという。これは私も初めて知った。さすがご自身、ガラス工芸を手がけられる麹谷先生ならではの知識である。おそらく白いアネモネは、農務省の官僚でナンシーの水利森林学校に留学し、ガレとも交流のあった高島得三がヒントを与えたのだろう。
 テーブルではいつしか、私と名越さんの結婚式の話題になっていた。というのも麹谷先生は私たちの結婚式の立会人代表のおひとりだったからだ。
 私たちの結婚式は今から15年前のこと。神様や仏様に誓いを立てるのは流儀に反すると人前結婚とし、仲人は立てず、4人の方に立会人代表をお願いした。その4人の方とは、「オンとオフの真ん真ん中」でお馴染みの重金敦之さん、当時、フランス食品振興会のマネージャーを務めてらした小林幸恵さん、世界最優秀ソムリエの田崎真也さん、それに麹谷先生である。
 互いに親への相談は一切せず、会場から料理の内容、式の段取りまで自分たちですべて決めてしまった。親に尋ねたのは招待する親族の数と予算のことくらいだったろうか。後で知ったのだが、父は父で会場選びを含めて口を挟みたかったらしい。しかし、キリンのラガーこそ最高と信じて疑わず、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティのモンラッシェを飲ませても、ひと言「うめえな」としか言わない父に、ワイン通が来賓の多数を占める披露宴を任せるわけにはいかなかったのである。
 ワインは全部で100本ほど持ち込みにした。会場が開くまではイタリアのフランチャコルタとカリフォルニアのスパークリングでつなぎ、乾杯はあらためてシャンパンのボランジェ。食事が始まると、前菜にはアルザスのゲヴュルツトラミネール、魚料理にブルゴーニュのムルソー、肉料理は名越さん想い出のボルドーであるシャトー・シトラン(いずれその経緯は本コラムで紹介することだろう)を合わせた。デザートには、モエ・エ・シャンドンのサルマナザール(9リットル)をカラフに用意されたイチゴのピューレと合わせてカクテルにし、新郎新婦が各テーブルに注いで回るという趣向だった。
 乾杯の前には余興でサブラージュ。サーベルでシャンパンの瓶口をコルクごと切り飛ばす儀式で、ナポレオン軍がシャンパンで志気を高める際、コルクをこじ開けるのではなく、将校が腰のサーベルを使って切り飛ばしたのが始まりとされる。それを実演したのは新郎の私。もちろんサブラージュなど初めてで、とても緊張したが、なんとか成功。じつは結婚式で失敗すると縁起が悪いからと、旧知のソムリエさんが飛びやすいようにあらかじめ傷をつけておいてくれたのだ。
 柳沼さんの結婚式でもサブラージュが披露された。実演は新郎でも、もちろん新婦でもなく、ペリエ・ジュエのアンバサダーを務めるアントニー・ドゥヴィルさん。当初、食事に使うナイフでサブラージュをしようと考えていたアントニーさんだが、用意されたベル・エポックを前にして前言撤回。サーベルを使うことにした。なぜならそのベル・エポックは普通サイズではなく、4倍のジェロボアムだったのだ。
 シャンパンのボトルは瓶口にある出っ張りの付け根が一番弱く、ここにちょっと衝撃を与えるだけで、きれいにコルクごと飛ばすことができる。だから専用のサーベルでなくとも、テーブルに並べられたナイフでもやれないことはない。ただし普通ボトルならば……だ。
 華麗なサーベルさばきで見事ジェロボアムのサブラージュを成功させたアントニーさん。最初の一杯、いや二杯はまず新郎新婦の元へと届けられた。
 おめでたい席にシャンパンは欠かせない。愛飲者の数は年々増え、日常のちょっとした場面でさえシャンパンが開けられるようになった。昨年のシャンパンの輸入量はイギリス、アメリカ、ドイツに次ぎ、日本は第4位。967万本のシャンパンが輸入されたという。
 次に結婚式でシャンパンのサブラージュを目にするのはいつの日か。やはり娘の式で、私が披露することになるのだろうか……。手元が狂わぬうちに、嫁いでくれることを願うばかり。(by柳忠之)
「ペリエ・ジュエ」:シャンパーニュ地方のエペルネに居を構えるグランメゾンのひとつ。最高峰のベル・エポックは、エミール・ガレの描いたアネモネの絵を纏うボトルが美しく、その風貌どおりの繊細な味わいが特徴。
「モエ・エ・シャンドン」:同じくエペルネのシャンパーニュ大通りにある、業界トップのグランメゾン。1200ヘクタールを越えるブドウ畑をもつが、それでも生産が追いつかない。モエ・アンペリアルはバランスに秀でた安心の銘柄。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/