第24回 色の効果

 真っ黒なワイングラスでワインを飲むと、ちょっと不思議な感覚に陥る。一般的には、ワインの銘柄を見ないで試飲することをブラインド・テイスティングという。けれど、不透明な黒いグラスにワインを入れると、赤か白か、あるいは濃いか淡いか、透明感があるのかくすんでいるのかも、目ではまったく判別できない。だから、これが正真正銘の「目隠し試飲」ということになる。
 面白いことに、ワインの試飲に慣れてくると、色を見るだけで、香りや味わい、ブドウ品種や産地などを何となく予想してしまう。ところが黒いグラスだと、最初の目から入って来る情報が何もないから、ちょっと戸惑う。本当にゼロからワインに対面することになるからだ。
 20年ほど前、知人のレストランでアペリティフをサービスしてくれたことがある。なんと黒いグラスに入って出てきた。仲間同士のゲーム感覚だ。最初口にした時、渋みを感じたから当然赤ワインだと思ってあれこれと考えた。ところが実は白ワインだった。果皮を漬け込んで造るスタイルだから白ワインでも渋みがあり、まんまと騙された、というわけだ。

 色の効果って、面白いなあ、と別の意味で感心したのは、イタリア北東部のコッリオ地区の試飲会へ参加した時のことだった。ある二人のイタリア人女性の装いに、目を奪われた。
 一人はSさん。この試飲会をオーガナイズする会社の社長で、日本人の感覚で言うとちょっとペコちゃんに似ている。イタリア国内のいくつかの試飲会も受け持っているので、会うのは今回で3回目になる。いつも鮮やかな系統の洋服を身につけている印象がある人だ。今までそれほど気にしていなかったが、その日はランチで同じ小さなテーブルを囲んだせいか、とても印象に残っている。濃いブルーと焦げ茶色と白の3色がうねるような、大柄模様のワンピースが映える。大きく丸く深い青のラピスラズリのネックレスとピアスも、とてもよく似合っていた。
 結構目立つ色の組み合わせだから、自分ではこうは着こなせないなあ、と思いながら、どうして彼女にはしっくりくるのだろう?と素朴な疑問が湧いた。軽く話を交わしながらよく見ると、Sさんは日焼けしたのか生まれながらかはわからないが、肌がこんがりした茶系で、目はブルーだ。青い目の人は欧米にはたくさんいるが、彼女の場合なとても濃いブルーで、瞳の輪郭が黒だった。それから、髪は茶色で生え際に近いほうは焦茶から黒に近い。この日のブルー、焦茶、白の組み合わせは、まさに肌と目の色、そして髪の色をそのまま映したような色合いだった。
 もう一人は、コッリオのワイナリーに勤務しているMさん。でも住んでいるのは韓国だという。マーケティングが仕事だからしょっちゅう各国に出張でインチョンの家を留守にしているようだが、今の彼氏が韓国の男性で、大の肉好きな肉食女子ということもあり、韓国ライフを楽しんでいるようだ。彼女はモデル風のスタイルで可愛いから、韓国に行く前もきっとたくさん彼がいたにちがいない。こちらは、エメラルドグリーンのふわりとしたワンピースをまとっていた。やはりピアスとネックレスがお揃いで、ちょっと重たそうな大ぶりのものだ。多分ひすいではないかと思う。韓国産だと言っていた。不透明なエメラルドグリーンの大粒の石がいくつも連なるネックレスが、ワンピースの色とちょうど重なる。
 もしやと思い、肌と目、髪の色を意識してチェックしてみた。Sさんとは対照的に、肌はとても白く、目の色は極薄い水色で若干緑がかり透明感がある。瞳の輪郭は薄いブルー、髪の色はブロンドだ。全体に明るめの色合いだ。自然に好きな色を選んでいるのか、すべて理解してコーディネートしているのかは聞いていないが、顔色が映えて見える。素敵だ。

 こんなことをつらつらと考えていると、黒目で黒髪の日本人は、どこかしら衣服に黒を使うのが似合うのではないだろうか。ほら、喪服の女性は色っぽいとかいうじゃないですか。ドラマで、若くして連れ合いを亡くした女性が喪主を務めるシーンで、その姿を目にしてぐっとくる男性の横顔とか、いかにも意味ありげに映ることがある。
 単にセクシーだ、というのではなく、黒いワイングラスと同じように、黒に包まれている人はどこか謎めいていて見えるのかもしれない。何しろ、その人の色の好みや表情が第一印象でわかりにくいのだから。まあそうすると、初対面で黒装束の美男美女に声をかけるとするならば、騙されてなんぼ、という覚悟が必要ではないでしょうか。(by名越康子)
あるワイナリーのベランダから。なだらかな丘にあるブドウ畑
あるワイナリーのベランダから。なだらかな丘にあるブドウ畑
「コッリオ」:イタリア北東部にあるフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州のワイン産地。スロベニアとの国境沿いに三日月の形にある白ワインの生産が多い。ピノ・グリージョ、フリウラーノ、ソーヴィニョン・ブランといった品種が人気で、アロマ豊かで厚みもある、イタリアの中でも高品質な白ワインの産地として知られている。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/