第27回 ヘルベチカとシャスラ

 人生最初のコンピューターがアップルのマッキントッシュだった私にとって、マイクロソフトのウィンドウズがどんなに進化しようと、またそのシェアがどんなに大きかろうと、今さら移行する気はさらさらない。iPodやiPhoneの成功に引きずられる形で、私の周囲にはマックユーザーが着実に増えている。言祝ぐべきことである。
 そのマックの標準フォントにヘルベチカ(Helvetica)がある。サンセリフ(日本でいうところのゴシック体)のシンプルだが美しい書体で、1957年にスイス人のマックス・ミーディンガーとエドワルド・ホフマンが発表したものだ。スイスの正式国名であるスイス連邦はラテン語でConfoederatio Helvetica。「スイスの」を意味するヘルベチカに由来する。
72_photo1_Vendangeuses 先日、スイスのワイン産地を初めて訪問した。その正式名称からわかるとおりスイスは連邦国家で、カントンと呼ばれる26の州から成り立っている。北をドイツ、西をフランスとリヒテンシュタイン、南をイタリア、東をオーストリアに囲まれ、公用語もドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4言語と幅広い。最後のロマンシュ語はスイス南東部のアルプス山麓で話されているマイナーな言語だそうで、実際に話す人々は全人口の0.48パーセントに過ぎないという。最もシェアが大きいのは全人口のおよそ6割を占めるドイツ語であり、スイスの北部と中部で話されている。フランス語はおもに西部で話され、全人口の2割に相当する。
 取材対象のワイン産地はスイス西部にあるヴォー州。その前の週にフランスのシャンパーニュ地方を取材していたので、パリからTGVに乗れば、ジュネーヴ経由で州都のローザンヌまで楽に移動できたはずだが、大人の事情から一旦チューリッヒまで空路移動し、さらに鉄道で2時間半かけてローザンヌに入った。じつはこれまた大人の事情につき、東京からパリ入りの際も、一旦、チューリッヒを経由している。
 かつてフランスに1年いたことがあるので、フランス語圏であれば道に迷ったとしても不安はないが、ドイツ語圏では勝手が違ってくる。チューリッヒ空港に降り立ち、ターミナル内の表示を見れば、当然ドイツ語だらけ。もちろん、英語も併記されてはいるのだが、ドイツ語のインパクトが大き過ぎる。スイスのドイツ語はアレマン語と呼ばれる方言のひとつで、ドイツ人やオーストリア人でも意思疎通が難しいらしい。
 一方、レマン湖を挟んでフランスと対峙するヴォー州はフランス語圏だ。ヨーロッパ最大の湖の向こう岸には、ミネラルウォーターで名高いエヴィアンの街がある。
 夜遅くにローザンヌ駅に到着し、駅前でホテルの近くに停まる路線バスを待っていると、中学生くらいの男の子が友達と話をしている。フランス語だが妙な抑揚があり、どこかで聞いた話し方だと記憶の糸を手繰ってみると、昨年の世界最優秀ソムリエコンクールで優勝した、スイス代表のパオロ・バッソの話し方と似ていることに気がついた。た〜ん、た〜んと語尾を二度伸ばすような抑揚があり、これがスイスのフランス語の特徴かとひとりごちた。
 ところが、翌日から出会ったスイス人生産者たちのフランス語は、フランス人のそれと違いがない。いかにも農民といった風情のピエール・リュック・レイヴラのみ、ヴォー州訛りと思われる聞き取り辛さがあったのだが、むしろ南フランスに住む人々の訛りの方が酷いくらいである。
 唯一、大きな違いは数字の数え方で、フランス人は70をソワサント・ディス、80をキャトルヴァン、90をキャトルヴァン・ディスと数えるのに、スイス人はそれぞれセプタント、ユイッタント、ノナントと数える。ソワサント・ディスは60のソワサントと10のディスをつなげたものだから、フランス人は70を数えるのに、わざわざ60たす10と言ってるわけだ。しかし、キャトルヴァンはキャトル=4とヴァン=20をたすのではなく、ふたつをかけて80である。じつにややこしい。90のキャトルヴァン・ディスに至っては、4かける20たす10という案配である。
 もちろん、数字に強いとはとてもいえない(それは釣り銭の返し方を見ればわかる)フランス人が、数字を数える際に頭の中で計算しているわけはなく、90と言ったらキャトルヴァン・ディスとすでに刷り込まれているのだろうが、我々、外国人からすれば、普通の十進法で数えるスイス流のほうがわかりやすい。わかりやすいはずなのに、いきなり85%を「ユイッタント・サンク・プールサン」とか言われると、すっと頭に入って来ないのは困り者である。
 ヴォー州のブドウ畑はじつ美しい。とりわけ世界遺産にも登録されているラヴォー地区は、レマン湖までせり出した急峻な斜面にブドウの段々畑が連なり、目を見張るばかり。シャスラという自己主張の乏しいブドウ品種がこの地方の特産だが、シャスラから造られた白ワインには妙な癒し効果があるようで、ひと口味わうたびに穏やかな気分になり、またいくらたくさん飲んでもまったく酔わない。ヘルベチカのように、シンプルで美しいワインである。72_photo2_Chasselas
 そういえば、ヴォー州のワインにヘルベチカが使われてるラベルはないかとしげしげ見回したが、残念ながら訪問した生産者のものにはなかった。ラ・コート地区のドメーヌ・ラ・コロンブのラベルにはサンセリフの書体が使われていたが、どうも「C」の字が違うようだ。まだまだ日本では知名度が低く、輸入される銘柄も限られたスイスワイン。いつかヘルベチカを使ったラベルに出会えることを願っている。(by柳忠之)
ピエール・リュック・レイヴラ:ラヴォー地区にあるサン・サフォランという村の造り手。白い花の蜜のように、優しい風味のシャスラを造る。
ドメーヌ・ラ・コロンブ:ラ・コート地区のフェシィという村にあるドメーヌ。当主のレイモン・パコはビオディナミ農法を用い、シャスラとしてはしっかりした酒質のワインを造っている。
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柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/