第29回 東西『家族文化』の比較考察

 岡本太郎の作品を見ると、どこからこんなエネルギーが出てくるのだろう、といつも思う。青森県の奥入瀬渓流ホテルで、また圧倒されてしまった。広いラウンジの中央にある暖炉の上に、円錐形の煙道が勢いよくグングンと天井まで伸びている。巨大な煙道そのものが岡本太郎の作品だった。ひとつは「森の神話」という名前で、暖炉の上方で踊るように戯れる人と森の妖精が描かれている。
 もうひとつの「河神(かしん)」は、煙道が彫刻作品になっていた。さらに力が爆発している感じ。ねじった円錐がうねる川で、何体もの人型の河神が流れにのっている情景が彫り上げられている。長い間見ていると、その渦の中に巻き込まれそうになる。
 よく見ると、「河神」の一体だけ胸が膨らんでいる。「あれは、岡本太郎さんの世話をされた敏子さんだと聞いています」と、ホテルの人に教えてもらった。敏子さんは、岡本太郎が養子にした女性だけれど、秘書でもありパートナーでもあった。天才芸術家の心の中は、普通の人がさらっと理解できるほど単純ではないのだ。複雑な人間模様だが、ともあれ2人は家族だった。

 家族関係というのは、時代だとか国が変われば常識も異なる。
 イタリア中部トスカーナの取材に行っている間に、マイクロバスに乗ってフィレンツェからヴェルナッチャ・ディ・サンジミニャーノの産地まで移動した。30名ほどの団体行動だった。バスに乗り込むタイミングがちょっと遅かったので、わずかに残っている席を見つけて座るしかなかった。長身の男性の隣が空いていたので、座ってもいい?と念のために確認をして席についた。眼鏡をかけたにこやかな若者で、40分から50分の間ずっとお隣さんなので、声をかけた。
 初対面だから、大枠から聞いていくのが自然だ。まずは出身地から。デンマークから来たというが、私は今まで一度も訪問したことがない。だってワインをあまり造っていないから、訪れる理由が見つからないのだ。でも、少しぐらいは知っている。
 ロイヤル・コペンハーゲンの陶器は日本でも有名で、結婚した時に母が食器をもたせてくれたと伝えると、「へ〜、デンマークでもそうだよ。同じような習慣がある」という。ただし、彼本人は未婚らしい。
 それに、アンデルセンの故郷だ。日本でも子供たちにたくさん読まれているし、アンデルセンという名前のパン屋さんまである、と言ってみたら、意外や意外、「知ってるよ、そのパン屋はデンマークにも店を出したからね」。それって、海外で成功した寿司屋が日本で開業するようなものではないか。勇気がある! それとも誘致されたのだろうか。
 次の話題は仕事のこと。同業者はたいてい、どんな媒体で書いているのか、ワインだけについて書いているのか、など聞き合うことが多い。。彼はフリーランスのワイン・ジャーナリストで、取材にもよく出かけているが、最近はガールフレンドと一緒に過ごす時間をもっとつくりたいから、取材に出る回数を減らしているのだという。
 私は反対で、娘が大きくなってきたから仕事を増やしているところで、海外取材も増えていると話した。すると、じゃあ君が取材で居ない時には誰が面倒をみているのかと聞くので「ハズバンドがね、食事を作ってくれるのよ」と答えた。すると「君のハズバンドは、君の娘のお父さん?」と尋ねてきた。質問の意味が、すぐには分からなかった。たぶん1秒ほど間を置いてから「そうそう」と答えたのだと思う。
 日本では初対面同士の会話で決してしない話題だと思う。驚いたけれどちょっと面白かったので、「こんなこと聞かれちゃった」と、後日フランスに住む知人に伝えたら、ケラケラと笑っていた。きっとデンマークでもフランスと同じように離婚率が高いのだろうと解説してくれた。
 彼女の友人の日本人女性は、フランスでフランス人男性と結婚して子供も生んだが、その後で離婚したそうだ。理由は、フランス人は結婚して子供が生まれた後でも、ずっと夫婦はラブラブでなければいけない、という考え方があるからだ、という。ところが、日本人の彼女は子供を生んで母親になった。だから、例えば子供を預けてまで夫婦でデートに出かける、という気にはなれなかった。そうこうしているうちに、彼はよそに新しい恋人をつくってしまった、というわけ。
 理由は他にも色々あるはずだが、ともかくフランスでは離婚率が高い。未婚のカップルの話もよく聞く。だから、寝食をともにしている家族の中に戸籍上では義理の親子であったり、他人であったりする関係が存在するのは、ごく普通のことなのだろう。
70_photo
 そういえば、デンマークではアンデルセンの人魚姫が有名で、人魚姫の像がコペンハーゲン港に飾られているのを写真で見たことがある。奥入瀬渓流ホテルの庭というか、渓流とホテルの間の林の中には、これもまた岡本太郎作の河童像が立っている。レプリカのようだが、顔が大きく三頭身で滑稽な顔をしているので、ちっとも怖くない。
 海と川の違いはあるにしても、水にまつわる架空の像が、片や美しいお姫さまのような妖精を想像し、片や性別不明の妖怪を想うというのは実に不思議なコントラストだった。(by名越康子)
「ヴェルナッチャ・ディ・サンジミニャーノ」:赤ワインの産地が多いイタリア中部のトスカーナ地方で、「紅一点」的な存在の白ワイン。爽やかで飲み心地のよい白ワインが多い。中世の町並みが残るサンジミニャーノの歴史地区は、ユネスコの世界遺産にも登録されている。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/