第30回 合理的なルールと非合理なルール

 合理的な理由のない決まり事が嫌いな私。だからご飯が左で味噌汁が右でなければならないとか、パスタはフォーク1本で食べなければならないとか、そうしたお作法を聞くたび溜め息が漏れる。
 なぜご飯が左でみそ汁は右なのか。調べてみたところ理由はふたつあり、ひとつは左上位の思想、もうひとつは食べやすい配置だからという。前者はご飯のほうが味噌汁より偉いとの理屈だが、米が貴重だった時代ならいざ知らず、余剰米が社会問題となっている現代では、電気釜で炊いただけのお米より、出汁を引いて具や味噌を混ぜた味噌汁のほうが上位に来るべきではなかろうか。それに食べやすいかどうかは人によりけり。仮にこの配膳が食べやすいとしても、それは右利きの人に限った話で、左利きには当てはまるまい。
 スプーンのうえでフォークをくるくる回し、パスタを巻き取るのをマナー違反という人がいる。これこそ根拠のない話で、理由を探ってみるとイタリア人がしないからだそうだ。スプーンなしでフォークにパスタを絡めようとしていて、何かの拍子でソースが飛び、シャツに染みを作った思い出のある人は多いと思う。イタリア人がしないからスプーンを使ってはいけないという話はない。彼らが横着なだけかもしれないし、シャツにソースが飛んでも気にしないだけかもしれない。
 ところで、ワインもまたルールの多い飲みものである。しかしながら、そうしたルールの中には単なる思い込みや勘違いのたぐいも少なくない。
 ワインの供出温度について、「白は冷やして、赤は室温で」と言われたことはないだろうか。この室温というヤツがくせ者で、ワインに馴染みのない人には誤解を与えてしまう。真夏の日本はたとえ冷房をかけていても室内に置いたままのワインは液温が高い。そんな環境で、たとえばバロッサ・ヴァレーのシラーズあたりを開けてみたとしよう。揮発したアルコールが目や鼻を突き、飲みづらいことこのうえない。
 わが家で赤ワインを飲む際は、家庭用ワインセラーに寝かせておいたワインや、真冬に暖房の効かない廊下に置きっぱなしのワインを除いて、たいてい冷蔵庫で軽く締めてから開ける。軽く締めるという表現は曖昧で申し訳ないが、ボトルを手で触れてひんやりするくらい。長くても冷蔵庫に入れておく時間は30分程度だ。こうすると、アルコールの揮発が抑えられ、ボリューム感たっぷりの赤ワインでも心地よく飲める。
「魚に白、肉に赤」というのもかなり乱暴なルールと言わざるをえない。マグロのような赤身の魚には、白より赤のほうが合わせやすく、鶏肉や豚肉には赤よりも白のほうが合うことが多い。そもそも赤とひと口にいっても数えられないほどの種類があるのだから、軽めのボージョレと渋味のしっかりしたメドックのワインを単に赤とひと括りに論じてよいものではないだろう。
 ネットで流れていた情報に、「乾杯の時にはグラス同士をぶつけてチンとならしてはならない」というルールがあった。これはある意味正しく、ある意味正しくない。高級なワイングラスほど繊細な作りなので、チンと合わせた瞬間、ヒビが入ったり、割れたりするリスクはたしかに高い。しかし、それも力の加減次第。フランスのワイン生産者を交えた食事会でも、乾杯の時にグラス同士を合わせ、チンと鳴らすことはよくある。決してルール違反でもマナー違反でもないのだ。
 じつは先日、大手町のとある洋風居酒屋で打ち合わせがてら、仕事のパートナーたちと飲んでいた時、とんでもないルール違反に出くわした。
 ビールを2、3杯空にしてそろそろワインでも頼みますか……となり、粗末なラインナップのなかから私が選んだのは、チリのカベルネ・ソーヴィニヨン。ただしグランド・レゼルヴとつく、ちょっぴり格上のワインだった。ウェイターがもってきたグラスは大ぶりの立派なもので、それだけは感心したのだが、たどたどしい手つきでワインのキャップシールを剥ぎ取ると、やおらボトルを逆さにしてシェイクし出した!
「えっ!」と素っ頓狂な声を発した私に、ウェイターが「何ごとか?」と視線を向ける。「今、ボトルをひっくり返して振ったのはどうして?」と聞けば、「こうしたほうがコルクの状態がよくなるんですよ」と、彼は詫びれるどころか、胸を張って言い切った。「澱があれば、回っちゃうでしょ?」とこちらがなおも突っ込むと、「このワインに澱はありません」とドヤ顔で言い返してくる。
 たしかにヴィンテージも若いこのチリワインに澱が溜まっているとは考えづらいが、彼の言う、コルクの状態がよくなるという理屈も無茶苦茶だ。ボトルを立てた状態で長いこと保管していたためコルクが乾燥し抜きにくくなっているのだとしても、直前にコルクの先をワインで湿らせただけでしなやかになるものではない。
 ウェイターはコルクを抜くと、オーダーした私にまずワインを注ぎ始めた。ふつうならここでワインを少量注ぎ、「確認をお願いします」というのがルール。ところが、待てど暮らせど言葉がかかる様子はなく、気がつけばグラスには並々とワインが注がれてしまった。
「テイスティングはしなくていいの?」と尋ねれば、「うちではなしです」と、面倒くさい客だなぁと、いかにも心の中で舌打ちしてる表情でポツリと言い、全員のグラスにワインを注いだらさっさと下がってしまった。
 このいわゆるホストテイスティングは、コルク臭(コルクの異常によるある種のカビ臭)やワインの熱劣化、あるいは酸化など、ワインに異常がないかをオーダーした本人が確認する作業だが、いいがかりを避けたいのか、ワインの味がほんとにわかる客など、この店に来るまいと高をくくってるのか、ワインをボトルで提供する店なら当然すべきルールを拒否している。
 一時ほどではなくなったが、いまだに多くのワインが天然コルクに頼り、少なからずそれが原因の問題が生じている以上、ホストテイスティングはしてしかるべきルール。それに対応できないなら、店で扱うワインをすべてスクリューキャップにすればいい。
 合理的理由のないルールは嫌いだが、合理的なルールを無視するのはもっと腹立たしい。(by柳忠之)
「バロッサ・ヴァレーのシラーズ」:バロッサ・ヴァレーはオーストラリアは南オーストラリア州の温暖で乾燥したワイン産地。力強くボリューム感たっぷりのシラーズ(フランスのシラー)が生み出される。
「チリのカベルネ・ソーヴィニヨン」:90年代末の赤ワインブーム時に爆発的な人気を博した、いわゆるチリカベ。この時注文したのは、ロス・バスコスのグランド・レゼルヴという上級のカベルネ・ソーヴィニヨンだった。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/