第37回 以心伝心の再会

 テレパシーって、やっぱりあるのかもしれない! 何度かそう思ったことがある。30年ほど前に亡くなった祖母が、突然私の姉の話をしたことがあった。
「T子が子供を産んだ夢を見たら、翌朝『赤ちゃんができた』って、電話がかかってきてね」
 よくわからないけれど、きっと何かを感じたのに違いない。
 私にも経験がある。15年ほど前のことだろう。ちょっとしたトラブルに巻き込まれたので、誰か相談できる人はいないかと悩んでいた。高校時代の一人の友人の顔が思い浮かんだ。ところが、私は同窓会にマメに出席するタイプではないので、彼女に連絡をとる手がかりは何もなかった。今のようにフェイスブックなど存在しない時代だ。
 ただ、手許に彼女の名前と職業だけは残っていた。いちかばちかでネットで検索してみた。すると、彼女らしい人物の勤務先が見つかった。思い切って電話をかけてみると、電話口に出た人は、なんと懐かしい声のご当人だった。電話の主が私だとわかると「どうしたの? 元気? 偶然だなあ〜。最近ね、どうしてるのかなあ〜、って考えてたところ!」と言うではないか。
 霊とか魂という話はあまり得意ではない。でも、何かが通じたのだ。人の想いというのは摩訶不思議な力をもっている、と思えて仕方ない。

 2月半ばにイタリア中部のトスカーナ地方を訪れるようになって、13年目になった。毎度のことだが、若い赤ワインをたっぷり試飲するので、口の中がポリフェノールだらけになる。だから私たちは面白がって「お歯黒ウイーク」と呼んでいる。
 キャンティ・クラッシコの試飲会は、フィレンツェで2日間行われる。会場が昔の駅舎だから、何も置いてなければただのだだっ広い倉庫に近い建物だ。天井が高く、入り口からの奥行きがとても長い。パリでは昔のオルセー駅を美術館にしたが、フィレンツェではイベント会場に仕立てたのは国民性の違いなのかもしれない。
 その長い空間を最大限に利用して、着席の試飲会場の真ん中には幅60センチ、長さ20メートルほどの白いテーブルが置かれ、そこに試飲できるボトルが一堂に並べられている。毎年写真を撮っているのに、やっぱりこの壮観さはカメラに収めたくなってしまう。
 ボトルのテーブルの両脇には、やはり白くて幅120センチ、奥行き80センチほどの4人掛けの試飲用テーブルがある。グラスは一人6脚で、各テーブルにサービスしてくれるソムリエがついてくれる。今日試飲したい内容を番号で伝えると、私たちのペースに合わせてグラスに注いでくれる。合理的なシステムで、スムーズに試飲できるからとても助かる。
 今年は2012年ヴィンテージのノーマル、つまりリゼルヴァではない普通のキャンティ・クラッシコに焦点をあてて、150銘柄を1日半で制覇することにした。そして、テイスティング・ルームでの試飲が終了した後、生産者と直接話ができるようにセッティングされているブースに移動した。印象深かったワインの中から、優先順位をつけて話を聞くことにしている。
 2つの生産者を訪れた後、次の予定まで15分だけ時間に余裕があることに気がついた。じゃあ、もう一ヶ所だけ訪ねてみよう! まったく知らない造り手さんだが、とてもピュアで綺麗な造りが印象的だった。しかも、普通なら肉付きのよいキャンティ・クラッシコが生まれるはずのシエナ寄りの地区なのに、上品な造りだったから、その謎を解きたい、という欲も出た。
 地区別のブース番号が併記してあるアルファベット順の造り手リストを頼りに、展示用のデスクに備え付けられた立て札の番号を探していった。あった、あった。“Tenuta Cappellina”。小さな造り手なのだろう。とてもシンプルな飾り気のないラベルだった。「向こうで試飲して印象的だったので、ちょっと話を聞きたいんだけれど、英語でいいですか?」と、ブースに立つ若い男性に話しかけた。彼はイタリア語オンリーだったのだろう。横に座るもう1人の男性のほうを、無言で指さした。
 「こんにちは。ちょっと聞きたいことがあって」と言うと、椅子の人はブースに並べられたボトルの前に置いてある、自分の名刺の束を指差した。体格がよく、髪もあご髭も真っ白で、肌はこんがり日に焼けたおじさんだった。私が彼の名刺に目を移すと、「サンタ・マリア!」という声が耳に入ってきた。白髭さんの声だったのだが、なんだか聞き覚えがある。テノール風のいい声だ。そして、彼の名刺に書かれた文字を読んで、納得した。
 本当に懐かしい人の名前だった。彼の顔を見上げて、もう一度名刺の名前を確認した。トスカーナに来るたびに、きっといつか会えるのではないかと思いながら、10年以上再会を果たせなかった人だった。
 私が輸入商社にいた時代に、彼は取引先のイタリアワインの仲介役であるブローカー事務所で働いていた。ともにワイナリー訪問をした経験もある。「サンタ・マリア」とは、彼と数人の生産者が私につけてくれた、その時のニックネームだ。
 イギリス生まれイタリア育ちのバイリンガルで、私と同世代の目利きだ。当時から体格がよく、私の3倍ほどの体積があったが、彼はさらに成長していたみたい。はっきりとした澄んだ水色の瞳、そして、笑わないとイタリアン・マフィアなみの強面(こわもて)なのは変わりがない。
 ともあれ、私が今の彼と名前を一致できるまでの時間より、彼が私の姿を見て誰なのか認識しれくれるまでの時間のほうが早かったのは、ちょっと嬉しかった。 
 自分で始めたワイナリーの初ヴィンテージが2012年で、このキャンティ・クラシコの試飲会に出品したのも今年が初めてだという。彼が初めて手がけたワインの特徴的な味わいと、15分の残り時間が幸いして、今回の再会のきっかけになった。ちょっとドラマチックなシーンだった。ブースの机とつい立てがなかったら、人目もはばからず大きなハグをしていたに違いない。

 携帯電話が普及し始めた頃「デートの待ち合わせで、反対側の改札口などに居て、会いそこなうことからドラマが始まるような設定はもうなくなったね」と嘆きの声が聞かれた。今ではさらにフェイスブック、ライン、ツイッターといった、SNSと呼ばれるツールが格段に発達している。すれ違いがないどころか、連絡がとれない人がいないぐらいの勢いだ。
 それでもまだ、機械や文字では起こりえないテレパシーや、人の感覚、偶然などのいたずらによる出会いや再会がある。だから、「生きている」という実感が湧く、面白い時代なのだろう。

会場の入り口を入ると、キャンティ・クラッシコのシンボルマークである雄鶏の装飾が見える。テイスティング・ルームの仕切りも兼ねていて、毎年趣向を変えている。今年は、生産者の顔写真をモザイクのように繋げて雄鶏に仕立てた垂れ幕だった。
会場の入り口を入ると、キャンティ・クラッシコのシンボルマークである雄鶏の装飾が見える。テイスティング・ルームの仕切りも兼ねていて、毎年趣向を変えている。今年は、生産者の顔写真をモザイクのように繋げて雄鶏に仕立てた垂れ幕だった。
(by名越康子)
「キャンティ・クラッシコ」:イタリア中部のトスカーナ地方にある古都、フィレンツェとシエナのちょうど中間に広がる丘陵地帯で造られる赤ワイン。サンジョヴェーゼというブドウ品種を主体にしている。今までキャンティ・クラッシコ、格上のキャンティ・クラッシコ・リゼルヴァの2段階だったが、昨年からキャンティ・クラッシコ・グラン・セレッツィオーネという最上級クラスが認定された。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/