第38回 フランス取材ディナー考

 懲りもせず、ギョウザ作りに再挑戦した。前回、名越さんが留守の時に初めて作ったギョウザは、焼き上がりこそカリッとうまくいったのに、なぜか詰めた餡が緩かった。娘から「白菜の水分をちゃんと搾らなかったせいじゃない?」と鋭い指摘を受け、今回は白菜をキャベツに替え、塩を振ってしんなりさせたあと、力を込めて搾ってみた。
 近頃はすっかり体が脂っこい食べ物を受け付けなくなっているのに、無性に中華料理を食べたくなることがある。海外での取材、とくにフランスで比較的長い滞在が続くと、必ず一度は駆け込むことになるのが中華の店だ。
 若い頃なら毎日昼夜、フレンチのコース料理でも耐えられた。いやむしろ、それが楽しみでさえあった。ところが、今は昼にビストロのプラ・ド・ジュール、いわゆる日替わり定食を食べたら、夜は別の料理へ逃げ出してしまう。まる一日セラーや畑の中を歩き回り、何種類ものワインを試飲してへとへとにくたびれたあとのフレンチはきつい。少しでも早くホテルに戻って体を休めたいのに、フレンチのディナーは時間がかかる。したがって、先方のご招待でもないかぎり、夜の食事にフレンチを選ぶことはまずあり得ない。
 その一方、中華は早い。最近はバイキング形式も増えているが、その手の店は油の質が悪く、フレンチ以上にお腹にもたれることがあるので要注意だ。
 中華といってもかつてフランスの植民地であったベトナムやカンボジアから来た移民の経営する店がほとんどで、フランスのどの町にもたいてい一軒はあるし、日曜でも開いているのがうれしい。どこも似たり寄ったりのメニューだから、注文する皿もたいてい決まってしまう。ベトナム風揚げ春巻きのネムに酸味の利いたピリ辛スープの酸辣湯(サンラータン)、リ・カントネと呼ばれる五目チャーハンか焼きそばは必ず頼み、あとはメインのおかずに炒め物を数品選んでシェアする。飲み物を含んでもひとりあたり20ユーロを超えることはまれ。出張経費の抑制が叫ばれる昨今、経済的にもたいへんよろしい。
 さんざんワインを試飲した後なので飲み物はたいてい青島ビールだが、昨年12月の初め、ブルゴーニュ地方のディジョンに宿をとった際入った中華料理店では、ボージョレ・ヌーヴォーを頼んだ。出発直前まで締め切りに追われ、1週間前に解禁になったヌーヴォーが飲めず仕舞いだったからよい機会だった。相性的には可もなく不可もなくといったところ。ちなみに中華料理の定番ワインといったら、南仏プロヴァンスのロゼである。
 中華に飽きたら、インド料理の出番だ。中華と比べると店の数は限られるが、ランスやボーヌ、オーセールのようにちょっと大きめの町なら見つけることができる。鶏、仔羊、海老などの素材と数種のカレーの組み合わせ。宗教的な理由から豚肉を使った料理はメニューになく、ヒンドゥー教ではタブーとされる牛肉もほとんどみない。あったとしても挽肉のキーマカレーくらいだろうか。コルマとあるとマイルドで、マドラスとあれば辛い。
 これもメンバーが4人なら4人で別々のカレーを注文して分け合い、ナン、バスマティと呼ばれる長粒の香り米を適当に注文して食べる。試飲の前にスパイシーな料理は味覚を狂わせるのでご法度だけれど、仕事の後なら気兼ねはいらない。以前も書いたように自分で作らない限り、自宅でカレーが出てくることはめったにないので、フランスでのカレーは楽しみでもある。
 飲み物はローヌのシラー……と言うべきかもしれないが、やっぱりビールかヨーグルト飲料のラッシー。いくら職業といえども無理やりワインを飲む必要はない。
 中華、インドに次ぐ第3の選択肢がクスクスである。旧植民地の北アフリカ、マグレブ諸国から持ち込まれた料理。デュラム小麦を小さな粒状にしたスムールに、野菜のスープをかけて食べる。
 ヴェトナム人の中華料理店と同様、アルジェリアやモロッコなど、北アフリカからの移民が経営するクスクス料理の店は、ひとつの町に必ず一軒は見つかる。スムールと野菜スープに、炙り焼きにした仔羊やメレゲスと呼ばれるスパイシーなソーセージを添えたバージョンがメニューには載っている。
 店によってはスムールを山盛りにして出してくることがあるが、間違っても完食しようなどと考えてはいけない。スムールは水分を含むと膨張するので、時間が経つにつれお腹がパンパンに膨れ上がってくる。だからクスクスを食べる時は腹八分目で十分。ホテルに戻るころには満腹になっている。
 アルジェリアやモロッコはイスラム教徒の国だが、ワインの生産国でもある。昔は大量にワインを造り、宗主国のフランスへ送っていた。独立後は国内にワインの市場がないため急速に衰退したが、上質なワインを生み出すポテンシャルのあるモロッコでは、90年代にフランスから投資が入り、ワイン産業は急速に回復した。中東のアラブ人と違ってマグレブは戒律が緩いのか、飲酒をする人もいるらしい。
 クスクス料理の店には必ずモロッコワインがあり、ものは試しとウイユ・ド・ペルドリ(山ウズラの目)とある淡い色調のロゼを頼んでみると、これが意外といける。ワインが入ると食事も進むので、なおさら気をつけないと、後で多いに後悔することとなる。
 そんなわけだから、シャンベルタンやミュジニーといった極上のワインを試飲するのとは裏腹に、ワインジャーナリストはじつのところけっこう倹しい食事をしているものなのだ。
 さて、冒頭のギョウザだが、今回は餡にもしっかり火が通り、皮もパリッと香ばしく仕上がった。ワインはプロヴァンスのロゼ。ハーブのアロマがニラとよいコンビネーション。豚肉はやっぱりロゼとの相性がよい。(by柳忠之)
ボージョレ・ヌーヴォー:言わずと知れた秋の風物詩的ワイン。11月の第3木曜日に解禁となるボージョレの新酒のこと。
ウイユ・ド・ペルドリ:山ウズラの目を意味するフランス語。黒ブドウを白ワイン造りにした淡い色調のさっぱりとしたロゼ。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/