第39回 「アルプスの少女ハイジ」にみる日欧の文化比較 |
私は性善説を信じるタイプだろうか。人から意地悪をされるとか、トンビに油揚げをさらわれるといったようなことは、あまり考えない性格だ。実際にはそういう場面に遭遇したこともあるのだが、結構すぐに忘れてしまう。そしてまた、同じような目に遭う。そんな失敗談を話していると、「名越さんって、いい人すぎるのよ」と、年上の女性から面と向かって言われてしまった。
スペイン北東部にあるバスク地方の中心地、ビスケー湾に面したサン・セバスチャンのホテルに到着した時だ。バスク地方は美食の地として有名で、特にサン・セバスチャンは一口おつまみの「ピンチョス」発祥の地としてもよく知られている。とはいえ、今回は美食を楽しむ旅ではなく、バスク地方のワイン「チャコリ」と、すぐその西に位置するスペインが誇るワインの大産地「リオハ」のワイナリーを取材するのが目的だ。取材チームは女性ばかり6名。 彼女が、なぜ、そんな発言をしたかというと、数時間前にトランジットのために立ち寄ったパリのシャルル・ド・ゴール空港で、ビルバオ行きの飛行機を待っているあいだに見たアニメだった。 日曜日の朝7時台だからだろうか、アニメを何本か立て続けに流していた。「どうせ子供は勝手にアニメ観ているからって、お母さんは寝てられるのよね」と、同行の誰かが呟いた。そうかあ〜、考えることは世界共通なのかもしれない、と妙に納得した。 そして、3つ目ぐらいの番組になると、何だか急に親しみを感じた。もちろん言葉はフランス語なのだけれども。立派な体格で、白髪に白いあごひげのお爺さんと、丸顔で、ショートカットの毛先がクリンとカールしている小さな女の子がいる。その子が着ているのは、ピンクのジャンパースカートだ。丸太小屋で話をする2人のそばには、茶色と白の大きな犬が寝そべっている。 わかった! アルプスの少女ハイジ! 懐かしい。子供のころ、毎日楽しみにしていたテレビ番組のひとつだった。でも、なんだか雰囲気が違う。40年前の絵とはまったく異なるタッチで、ほんわかとしたハイジの表情ではない。顔の輪郭や筆づかいが、はっきりとし過ぎていてリアルなのだ。きっとフランス風なのだろう。 そして、もっと驚いたのは、すぐ後の場面だった。 ハイジの親友で山羊飼いのペーターが登場した。ペーターは、森の中へ歩いて行くと、大きな木の上方に、板張りのテラスのような「基地」が作られ、数人が遊んでいた。ペーターが一緒に遊びたくて木をよじ登ろうとした。すると、予想外なことが起こった。上で遊んでいた子供たちが、バケツに入った小石をペーターめがけて落とし始めたのだ。え〜っ!? これって、子供向けの番組で、子供たち同士がすることなの? とてもショックだった。 この物語の終盤で、クララが山に帰ってしまったハイジを訪ねてくる。ところが、クララが来るとハイジはクララにつきっきりになり、ペーターと遊ぶ時間がなくなってしまった。するとペーターは嫉妬のあまり、クララの車いすを壊してしまう場面が原作にはあるという。でも日本版では、クララ自身が誤って壊した、と脚色されている。ペーターを、あくまでも優しい少年として描いているのだ。 ![]() こうしてみると、日本とヨーロッパでは、子供の教育についての考え方が随分違うと推測できる。ヨーロッパのほうが日本より、現実の怖さや厳しさを早くから積極的に伝えて、自分で対処しなければならないと教え込む傾向が強いように思う。用心するにこしたことはない、ということだろうか。このあたりは、国際結婚で、子育てを経験した人にしか実感できないのかもしれない。 そんな感想を、件(くだん)の先輩に話していたら、私の失敗談と「ブレンド」されて冒頭の「いい人すぎるのよ」とのコメントに「熟成」したようだ。彼女は100%日本人だが、スペインでの生活が長く、仕事上でもスペイン人とやりとりが相当多い。だから、ヨーロッパ的な考え方が身についているのだろう。 後で彼女に「私なんてヨーロッパでは、きっと生きていけないんでしょうね〜」と言ったのも正直な感想だ。「住んでみなきゃわかんないわよ〜」と言ってはもらったものの、その時の笑顔はやはり私にはクールに映った。お人好しが過ぎるのもどうだろう、と自分でも思うことがある。ただ、もう半世紀も生きてしまったので、今さら劇的な改造なんてできやしない。やっぱり私が生活するのは、日本が一番いいみたいです。(by名越康子) チャコリ:スペイン北東部のバスク地方で造られるワインの総称。ほとんどが白ワイン。どぶろくのように地酒的存在から、ただいま進化中。微発泡で爽やかな軽快なタイプから、厚みがありしっかりとしたタイプまでさまざまある。いずれにしても涼しい産地で酸がフレッシュなため、この地方で豊富に捕れる魚介類との相性がよい。 |