第43回 恐るべし! 中国パワー

中国人ってやっぱり強いなあ〜。
北イタリアのピエモンテ州を訪れた時のことだ。アルバ地方のワイン生産者協会が主催する試飲会に、各国から100名ほどのワイン・ジャーナリストが参加した。主役を演じるのは、バローロやバルバレスコといった赤ワインで有名なぶどう品種、ネッビオーロだ。このような機会に集まるメンバーは、アジア系、特に中国人の数がここ数年でじわじわと増えてきている。
外見だけでは、アジア系の人だが日本人ではない、という程度しか私にはわからない。中国、韓国、香港、台湾あたりは、みな同じように見えてしまう。シンガポール、マレーシア、フィリピンまでいくと、いくぶん日焼けしているから、少し南方かな、と感じるだけだ。だから、初対面の人には必ず「どこから来たの?」と、声をかける。
今回出会った新顔のアジア系の女性は、細身で背丈は私と同じぐらいの上海から来た中国人だった。東アジア特有の平たい顔つきで、髪型は日本でも若い女性に人気の超刈り上げボブカットだが、私には懐かしいワカメちゃんの頭が浮かんできた。
不思議な色使いのファッションだから、インパクトが強かった。大きな水玉模様の白い地のワンピースにスパッツをはいていているのだが、洋服一式に5,6種類以上の色が使われ、またその配色が奇抜だった。ちりばめられた水玉が、桃色、深緑、黄色、青緑、茶色と、異様にカラフルで、スパッツも濃いピンク色だ。なかなか大胆な人だなあ〜、と眺めていた。

まさに洋服そのままの印象じゃないの! と心の中で呟いたのは、試飲を終えた午後の生産者訪問で一緒になった時のことだ。
いくつかのグループに分かれて各ワイナリーの見学に行くのだが、バローロで有名な「チェレット」訪問に割り当てられたのは7名ほどだった。「チェレット」は、日本では何度も飲んでいるが、実際に醸造所を訪ねたことはなかった。だから、初訪問への期待は大きくふくらんでいた。
3世代目となる、当主のフェデリコ・チェレットさんが、4か所ある醸造所のうち最も新しい「モンソルド」を、独特のハスキーボイスでガイドしてくれた。うす暗い地下へ降りる階段では、さっと手を差し伸べてくれるし、大きな身ぶり手振りを加えての快活な説明は、いかにもイタリアの男性らしくて楽しかった。そして、肌寒い地下セラーの見学が終わると、見晴らしのよいテラスへ向かい、いよいよテイスティングだ。新設されただけに醸造所はモダンなデザインで、広いテラスは畑に向かってバルコニーのようにせり出している。グラスを傾けながら、遠くに葉を茂らせ始めたぶどう畑を臨めるなんて、実に贅沢な時間だ。
テーブルには、すでに白い紙とボルドータイプの大きなグラスが人数分準備されていた。そしてマット代わりの大きな白い紙には、これから試飲するワインの名前が書いてあった。
なんと、「バローロ・ブリッコ・ロッケ・ブリッコ・ロッケ2006」という文字があるではないか! 「ブリッコ・ロッケのブリッコ・ロッケ」といえば、「チェレット」最上の畑と言われ、泣く子も黙るほどの素晴らしいバローロだ。典型的な長期熟成型なので、若いうちにはなかなか開いてくれなくて困るほど。それが約10年経過しているのだから、どのような表情を見せてくれるのか……。早く味見をしたいなあ、と、気がはやった。
ともあれラインナップを眺めて光栄の至りだと感激していると、フェデリコさんが話し始めた。
「ブリッコ・ロッケは生産量が少ないから、他のアイテムも合わせてチェレットと付き合ってくれる顧客にしか売れません。ブリッコ・ロッケだけほしい、と言われても困るんだよね。例えば、中国のように、中国のように、中国みたいにね〜」
と、シリアスにではなく、半ばジョークのように、でもずいぶんはっきりとした口調で言った。みな、そのおどけた様子をおもしろがって、くすっと笑った。
すると、その話題が呼び水になったのか、くだんのワカメちゃんカットの彼女が、フェデリコさんにこう言ったのだ。
「あなたのバローロで、20年ぐらい熟成したものを飲ませてもらえないかしら?」
「いや、今日はもう、いくつも準備しているでしょう」
「でも、20年ぐらい経つとどうなるのかを知りたいのよっ!」
「……」
「たったの1本でしょっ?!」
「ん〜」
フェデリコさんは立ち上がって、若い専属ソムリエの女性に耳打ちした後、ワインセラーがある部屋の中に入っていった。他のメンバーは、これ以上のものを望むなど考えられない、といった面持ちで、一言も発せず、静かに1本目の白から試飲を始め、彼の帰りを待っていた。
するとフェデリコさんは「1996年にしたよ〜」と言って、「しょうがないな〜まったく」、とでもいいたげな顔つきで、バローロ・ブルナーテのマグナム・ボトルを手にしていた。なかなか懐の深い人だと、みなが彼の善意に感謝と賞賛の視線を送った。
一方、ワカメちゃんもきわめて満足そうに微笑んでいた。
しかし、このあたりで彼女もさすがに自分への周りの空気が冷たいことに気がついたようだ。ちょっと肩をすくめて、居場所に困ったような顔つきになった。隣に座っていた私は、ちょっとこの場の雰囲気はまずいかも、とワカメちゃんの肩を軽くたたいて明るく言った。
「グッジョブ! (Good job!)」
彼女のたっての望みが発端で、結局私たち全員がご相伴にあずかれることになった。だから、お礼代わりに声をかけたのだ。私の顔は苦笑いしていたかもしれないけれど。
中国での英語教育は日本より進んでいると思われるが、ワインの理解度やマナーの点では、まだまだ時間がかかるかな、と少しホッとしながら。

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ぶどう畑を眺めるテラスで試飲

 翌日もまた、彼女のカラフルな衣装を楽しませてもらった。
今度は長袖シャツが、エンジ色、黒、黄色、オレンジ、青緑、白、茶色などの太さが違う横縞だ。普通のジーパンをはいているのだが、なぜかその上に、ショッキングピンクと花柄の薄いピンクのスカートを2枚重ねる、という「離れ業」とも「禁じ手」とも取れる姿だ。とうてい私には真似ができない。
毎日こんなふうだから、どこに居てもワカメちゃんだとわかってしまう。ものすごい存在感だ! 心のどこかで羨望を込めながら「いいなあ〜」とも思う。だって、きっと誰しも一度会ったら彼女のことを忘れられないはずだから。主張が強いというだけでなく、こうやって奇抜なファッションと色のパワーでも攻めてくる戦術は、なかなかお目にかかれない。初めての「出会い」だった。
中国では、赤が最も縁起のよい色で好まれると聞いている。きっと彼女にとっては、赤だけでなく多彩な配色そのものがラッキーカラーなのにちがいない。中国の「一人っ子政策」のおかげで、蝶よ花よと育てられた上に、このワカメちゃんは、普通のサラリーマン家庭の磯野家のワカメちゃんではなく、きっと億万長者のお嬢さんで、生まれてこのかたすべての望みが叶ってきたんだろうな〜。まさに「中国パワー恐るべし」と思ったのでありました。(by名越康子)


「ネッビオーロ」:北西イタリアのピエモンテ地方を中心に栽培されている、高貴な品種。色は薄いがタンニンがとても強い品種で、長期熟成型の赤ワインになることが多いが、最近、スパークリングワインも造られ始めている。
チェレット:1930年代に創業した家族経営のワイナリーで、品質の高いバローロ、バルバレスコで知られている。フェデリコさんと従兄弟のアレッサンドロさんらが3代目にあたる。
「ブリッコ・ロッケ・ブリッコ・ロッケ」:バローロの、ロッケの丘の頂上(ブリッコ)にある銘醸畑。ブリッコ・ロッケ醸造所で造るブリッコ・ロッケ畑のワイン、という意味。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/