第47回 いちごの旬

「果物の中で、一番好きなものは何ですか?」と聞かれたら、すぐに「いちご!」と、名前が出る。でも、それほど大好きな果物なのだが、「いちごの旬はいつですか?」と聞かれると、即座に答える自信はない。
 ちょっと季節外れの話題だが、クリスマスケーキは、やっぱりオーソドックスな大きないちごが飾り付けられたショートケーキが最も好みだ。それに、小学校の時、冬に風邪で高熱を出して学校を休むたびに、食欲がないだろうと心配して、母が特別にいちごを買ってきてくれていたのは忘れられない。日本では、いちごの最盛期は冬のように思える。
 でもやっぱり、これはハウス栽培のいちごの話だ。
 小学校の頃のもうひとつの思い出に、いちご狩りがある。春先になると知り合いの家を訪ね、露地栽培のいちごをたっぷり収穫させてもらっていた。家ではいちごは冷やして食べるが、もぎたてのなま暖かいいちごをその場で頬張るのは格別だった。だから自然の摂理に合わせれば、いちごの旬は春なのだ。
 そう、思っていた。

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ピエモンテのアスティの朝市でもいちごを見つけた

 5月半ばに北イタリアのピエモンテ州を訪れた時、トリノの飛行場からアルバまで、タクシーに乗った。同じイベントに参加する、初対面のアメリカ人女性と一緒で、長い金髪と大きなえくぼがチャーミングな人だった。
 高速道路を降りて一般道へ入ると、大きないちごの絵を描いた看板が目に入った。ひとつやふたつではなく、続けざまに立てかけられていた。“Festa” という文字も見えた。いちごのお祭りでもあるのだろう、と思っているとアメリカの彼女が反応した。
「いちごの季節! あぁ〜、もう夏なのね!」
 すると、話を聞いていた運転手さんが、教えてくれた。
「そう、もう夏だよ。今週末いちご祭りがこの辺りで開かれるんだ。ここはね、秋になると白トリュフ祭りがあるから、またおいで」
 いちご祭りも楽しそうだが、白トリュフ祭りになると、危険なぐらいさらに魅力的だ。トリュフはともかく、聞きずてならないのは「いちご」は「夏」の果物だということに、アメリカンもイタリアンも同意している点だった。
 でも、そういえば、以前もいちごの旬について意見が食い違ったことがあった。数年前、1月頃に来日したイギリス人の男性と食事をとっていた時のことだ。簡単な和会席のデザートに、立派ないちごが出てきたのだ。彼はキョトンとしてこう言った。
「どうして今、いちごなの?」
 日本では、クリスマスシーズンにいちごが必須アイテムであること、ハウス栽培が盛んなこと、露地ものは5月の連休ぐらいまででおしまいになること、日本のいちごは高級果物であることなどを説明した。
 その時、確かに彼も「イギリスでは、いちごは夏の果物だよ。それに安いよ」と言ったような気がするのだ。こうなれば、「欧米のいちごの旬は夏」なのだと、自分の頭に刷り込むしかないだろう。

 5月半ばにはピエモンテ、6月初旬にはオーストリアで、ホテルの朝食にいちごを見つけると必ず食べた。いわばヨーロッパの「はしり」のいちごなのだろう。どちらも、日本のみずみずしいいちごとは違って、どちらかといえばむっちりとした食感だった。中まで赤い色が入っていて、日本のいちごより野生味を帯びているように感じた。きっと品種がまったく別なのに違いない。
 ワイン用の「ぶどう」ひとつとっても世界に色々な種類が存在している。ピエモンテの赤用品種ネッビオーロは、色は薄いのにタンニンがとても強い品種だ。日本には、独特の気候風土に合わせて交配されたマスカット・ベーリーAという赤用品種があって、こちらはフラネオールというまるでいちご果汁のような、フルティーな香りが出やすいことで知られている。
 日本のみずみずしく、姿格好が整っているいわば箱入り娘的ないちごと、ヨーロッパのワイルドないちごと、どちらが好きかと問われたら、どう答えるだろうか。いちご狩りをして、そのままガブリといくのなら、ワイルド系のほうがふさわしいような気がする。でもやっぱり、真っ白なショートケーキに乗せるのは、一粒一粒が光り輝いている端正な箱入りいちごがよいかなあ。
「ネッビオーロ」:バローロやバルバレスコといった長期熟成型赤ワインに使われるブドウ品種。産地はピエモンテ州、ロンバルディア州などほとんど北イタリアで、あまり他地域や他国では成功していない。
「マスカット・ベーリーA」:「日本のワイン用ぶどうの父」と呼ばれる川上善兵衛が、100年ほど前に新潟県の岩の原(現・上越市)で生み出した交配品種のひとつ。雪深い地方でも栽培できる品種として重宝するだけでなく、全国に広まった。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/