第49回 物持ちのよい母

 「慎重で思慮深く落ちついているが、やや迫力に欠ける」という私への文章を読んで、妙に納得した。
 毎年夏になると、娘を連れて鳥取の実家に帰る。ただただ3世代で数日を共に過ごす、というだけなのだが、それがいいのだ。娘にとっては、母親が自分と同い年ぐらいの時に使っていた部屋を覗いてみるのも、どこか「探検」気分で面白いにちがいない。
 実家の母はとても物持ちのよい人で、色々なものをそのまま残して置いてくれている。家が広くて部屋数も多いから、残して置ける余裕がある、というのも事実だ。帰省するたびに、あぁ、こんなものもまだあるんだ、と見つけるのが楽しみのひとつになっている。
 昨年の夏は、紐で結わえた紙の束を「持って帰りなさい」と、手渡してくれた。少し黄ばんだ紙の表には「昭和」の文字が見えた。小学1年生から高校3年生までの、成績表がすべて揃っていた。
 恐る恐る開いてみた。反対に娘は興味津々のまなざしだ。私が通っていたのは、のんびりとした地方の公立校だから、都会の私立とはまるで違う。だからまあ、娘に見られても恥ずかしくなる内容はなくホッとした。何とか母親の面目は保てたわけだ。
 ただ、ふとある一文に目がとまった。冒頭の文で、中学2年生の時の担任の先生からのコメントだった。読んでギクッとした。そうかぁ〜、人の性質はいくら年を重ねても、それほど変わらないのかもしれない。要は、昔から地味な人間だったんだなぁ〜、と実感した次第だ。

 ワインでも「落ち着いているが、やや迫力に欠ける」ものに出会うことがある。
 5月に訪問した北イタリア、ピエモンテでの取材記事を書くために、ちょうど資料を広げ「復習」していた。最近は着席形式で多くのワインを試飲する時には、パソコンを持ち込んで、エクセル・ファイルにコメントを打ち込むことにしている。他国のジャーナリストたちの真似をしたのだ。紙にペンでコメントを書くのもいいのだが、後になって自分の書いた文字が判読できず、苦笑いしながら記憶を頼りに文章をひねり出すことが何度かあった。だから、この近代的な方法のほうが後々かなり楽ができるとわかったのだ。
 例えば、こんなコメントを書いていた。
 「華やかな香り。スパイスやドライフルーツのインパクトの強い香り。なめらかな果実味で、食感も心地よい。収れん性がかなり強いが、全体のバランスが素晴らしい」
 「閉じぎみで、リキュール状の果実、スパイスの上品な香り。なめらかなアタックで、バランスよく、充実した味わい。クラシックな自然体」
 どちらも、2011年ヴィンテージのバローロなのに、正反対の印象を受けている。前者は100種類の中に入っていてもバリバリ目立つタイプで、後者はひっそりとした地味な系統だ。
 たくさんのワインをブラインドで試飲すると、好き嫌いは別にして、どうしても華やかでインパクトの強いワインに高得点を与えたくなるのが、当然の成りゆきだ。でも個人的には、ひっそり系も結構好きだ。ワインなので香りのないのは困るが、派手さはなくてもよいと思っているから。
 こういった傾向は、自分が日本人で、和食をはじめ淡白な食事に慣れ親しんでいるからだろう、と思っていた(まあ、お年頃も少々関係する)。でも、もしかすると味の好みだけではなく、人の性格にもよるのだろうか。
 槍玉に挙げるようで申し訳ないが、例えばアメリカ市場では、インパクトの強いきらびやかなワインが大人気だ。食生活を思い浮かべると、大変勝手ながら、分厚いステーキとフライドポテト、それにコカ・コーラが典型的なイメージだ。量も味つけも豪快で、迫力満点だ。でも、もしかしたら……。逆のような気もする。自由闊達にアメリカン・ドリームへ向かって邁進する、というアメリカ独特のダイナミックなライフスタイルそのものが、そもそも食生活に影響しているのかもしれない。
 そんな風に考えてみると、合点がいく事柄が案外多い、という気がしないでもない。日本人だ、アメリカ人だ、という前に、生き方の方向性が、衣食住の嗜好にも何かしら作用している可能性がある。だから私は「やや……」なのではないだろうか。

 今年の夏も実家に帰った。そして今回出てきたのは、パジャマだった。以前「パジャマはこっちにあるものを使えばいいから、わざわざ持って帰らなくてもいい」と言ってくれたのを思い出して、今回はスーツケースに入れなかった。だから、パジャマを貸してほしいと頼むと、押し入れの中から探し出してきてくれた。
 半袖のピンク色のパジャマで、高校生の時に着ていたものだ。ふわりとしたパフスリーブで、胸元にはフリルのような飾りがあり、ズボンは五分。私は、こんな昔のが残っていたのだ、まだ着られてよかったぁ〜、というぐらいの感覚だった。でも、ピンクという色も、女の子らしいデザインも、足が見えていることも、娘にとってふだんは見かけない新鮮な母親の姿だったらしい。
 「ママが可愛くなった!」と言われて、思わず吹き出してしまった。
 昨年は懐かしい通信簿がおみやげだったが、今年は可愛いパジャマ姿になるというみやげ話ができた。思い出の品で楽しい時間をくれた実家の母に、感謝しているところだ。
ピエモンテでは、こんな風に黒い袋に入れて目隠しされたワインを試飲した
ピエモンテでは、こんな風に黒い袋に入れて目隠しされたワインを試飲した
「バローロ」:バローロは、ピエモンテ州のアルバに近い丘陵地から生まれる赤ワインで、長熟なことでも知られている。バローロ村とその周辺の村々が産地で、「ピエモンテの葡萄畑の景観」として、バルバレスコやニッツァなどと共に、昨年世界遺産に登録された。この辺りにあるレストランはたいていとても美味しいので、訪問する時には数キロ増える覚悟をもって、存分に食べて飲むことをお薦めしたい。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/