第50回 第九とヌーヴォー

 ここ数年、年末になると家族3人で第九を聴きに行っている。取材と締め切りに追われるあわただしい生活を送っているので、日時を決めてコンサートに行くといった余裕がない。けれど、たまにはゆっくりと音響設備の整った空間で、壮大な音と戯れたくなる。年によっては年末の予定が組めなくて、ニュー・イヤー・コンサートにずれ込むこともあった。
 こればかりは、普段お世話になっている(?)2人へのお礼ということで、私が3人分のチケットを手配していた。そして予約が取れるや否や「この日のこの時間からここで第九を聞きに行くからね」と、有無を言わさずスケジュール帳に書き込んでもらう。まあ、3、4か月も先の年末のことだから、「はぁ〜、またはじまった」と言わんばかりに、2人とも頷いてくれていたわけだった。
 ところが、昨年末の第九の日には、ちょっと考えた。コンサート会場の入り口で、当日のパンフレットと共に、たくさんのチラシが配られる。いつも行くのは東京フィルなので、翌年の東フィルの定期コンサートの案内も入っていた。毎年もらっているのだけれど、なぜか去年はつぶさに見た。
 そして思った。どうして「年末に第九」なんだろうか? もしかして、これって、ワインでいえば年に一度のボージョレ・ヌーヴォーと同じことじゃあないか。

 ボージョレ・ヌーヴォーが11月の第3木曜日に世界中に「解禁」される新酒だということは、今や日本の国民的レベルの常識になっている。だって、ボージョレ・ヌーヴォーの世界一の消費国は日本なのだから。
「え、世界一なの?」と、驚く人も多い。でも、本当にそうなのだ。
 最近は、日本でも消費量にかげりがみえ、若干の減少傾向にはあるものの、大量のボージョレ・ヌーヴォーが飛行機に積まれて日本に上陸している。
 もちろん、ボージョレなどの新酒(ヌーヴォー)は各国でも人気がある。ただ、チリをはじめとする新世界の手頃な価格でフルーティーなワインの生産が増えるようになってきたこともあり、ヌーヴォー人気は各国では下火になった。ところが、日本は「世界で一番早くヌーヴォーが飲める国」(本当はニュージーランドのほうが日付変更線に近いけれど)とか、「旬」や「季節感」があるものが大好きだからなのだろう、毎年のように伸び続けて、世界一の地位に鎮座してから久しい。
 面白いことに、生産者たちもさまざまな工夫を凝らしてしてきた。昔はボージョレ・ヌーヴォーといえば、普通の「ボージョレ」と上級ものの「ボージョレ・ヴィラージュ」しかなかった。あとは造り手次第だった。でも、最近は「ヴィエイユ・ヴィーニュ(樹齢の古い樹のぶどうを使ったもの)」、「オーガニック」、「ノン・フィルター」、「単一畑」など、同じ造り手でも複数のラベルを揃えている。あの手この手で飽きさせないように、あるいは一人に何本も買ってもらえるように、ということだろう。がんばっているなぁ、と感心している。
 一昨年ヌーヴォーの解禁日に合わせて、出身大学の会員制倶楽部からレクチャーを頼まれたので、いくつか選んだ。並べて飲み比べると手に取るように違いがわかってもらえるので、参加した人たちも「へぇ〜、なるほどね」と楽しんでくれたようだ。
 ところが、数年前に出会った人がこんなことを言っていた。
「ヌーヴォーなんてワインじゃあありませんから、僕は飲みませんよ」
 ワインが好きだという中年(まあ、同世代です)のサービスマンなのだが、格好をつけて真顔でそう言った。私はにこやかに「あらそぉ〜。私は毎年いただきますよ」と、答えておいた。心の中では「ヌーヴォーを馬鹿にしているようじゃあ、おぬし、青いねぇ〜」と呟いていた。
 個人の好みだから、別に飲んでも飲まなくてもどちらでもいい、と思っている。ただ、季節感を味わおう、楽しもう、という人たちがたくさん存在している中で、それに水をさすような発言はどうだろう。一般の人ならばまだしも、ワイン業界では通用しない、と思ったのだ。私は、ブルゴーニュ地方の出来が何となく想像できる第一号のワインとして、毎年ありがたく素直に味見させてもらっている。日本人が、「新米」や「新蕎麦」に特別な感情をいだくのと同じような気がする。
 今年も出来はよさそうだ、と聞いている。まあ、こういうと、まるで「駅から徒歩5分=実質8分」の不動産表示と同じかのように「毎年必ずいいんでしょう?」と言われてしまうかもしれない。でも、今年は雨の前に収穫されているのでよいはずだが、実際のところは到着してからのお楽しみだ。

「第九はもしやボージョレ・ヌーヴォー」と思ってしまったので、それじゃあ芸がないかも、と、今年の東フィルのコンサートは、年8回ある定期コンサートを申し込んだ。娘と2人でせっせと足を運んでいる。3人ではない理由はとても単純で、私の「財布」の問題、というだけの話だ。1、2か月に1度というタイミングなので、熱烈な音楽通というわけでもない私には、適度な音の文化の注入機会だ。ワインなら1年分の頒布会を申し込んだのと同じような感覚かもしれない。豪華な指揮者陣だし、曲目もバラエティに富んでいるので、毎回心が躍る。
 ボージョレ・ヌーヴォーを飲んで「ワインも悪くないなあ」と思ったら、ヌーヴォーでないボージョレとか、他のブルゴーニュ地方のワインなどにも手を伸ばしてみてほしい。ただ、「ボージョレの、シャトー・デ・ジャックのムーラン・ナヴァン・クロ・デ・トラン2006年を1本」と注文するように、私がクラシック・コンサートも、指揮者、演奏者、演目、会場を自ら指定して聞きに行けるようになるかどうかは、ちょっと怪しい。(by名越康子)
残念ながらボージョレ地方には行ったことがないので、ガメイの写真がない。それでもフランスの黒葡萄の写真がないかと探したら、ボルドーの隣の地域・ベルジュラックの畑の写真が見つかった。これはカベルネ・ソーヴィニヨンが色づいたところ
残念ながらボージョレ地方には行ったことがないので、ガメイの写真がない。それでもフランスの黒葡萄の写真がないかと探したら、ボルドーの隣の地域・ベルジュラックの畑の写真が見つかった。これはカベルネ・ソーヴィニヨンが色づいたところ
「ボージョレ・ヌーヴォー」:フランスのブルゴーニュ地方南部にあるボージョレ地方で、ガメイ種から造られる赤ワインの新酒。鮮やかな色でフルーティーな香りが魅力的に、そしてタンニン分が出ないように仕上げられている。通常は出荷されて数か月以内に飲むのが美味しいとされている、軽やかな赤ワインだが、最近しっかりとしたタイプも人気が出ている。軽やかなタイプほど、冷やして飲むのをお薦めする。ちなみに、お隣のマコンからはマコン・ヌーヴォー、フランス北西部のロワール地方からはミュスカデ・ヌーヴォーなど、白の新酒も造られている。
「シャトー・デ・ジャックのムーラン・ナヴァン・クロ・デ・トラン2006年」:「シャトー・デ・ジャック」は、ボージョレ地方を代表する造り手のひとつで、もちろんガメイ種から造られるが、ブラインド試飲するとピノ・ノワールと間違えるほど。現在ブルゴーニュの名門のルイ・ジャドの傘下にある。「ムーラン・ナヴァン」はボージョレの中でも上級畑のある地区(クリュ)で、「クロ・デ・トラン」は銘醸畑。2006年は近年のブルゴーニュで出来のよい年のひとつ。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/