第51回 ワインの取材もサイバーな時代

 iPhoneがまた新しくなった。Appleは年に一度、iPhoneの新機種を発表する。偶数年が大幅なモデルチェンジで数字がひとつ上がり、奇数年に出るのはそのマイナーチェンジ版で数字にSがつくのが慣例となっている。本体は24ヶ月の割賦で購入するのがふつうだから、2年ごとに新機種に切り替える人が多い。かくいう私もそのひとりである。
 2008年のiPhone3Gから日本でも発売が始まり、Macを愛用している私はすぐさま飛びついた。ところが使い始めて1年以上過ぎた頃、フランスでの取材を終えて、パリから空港まで乗ったタクシーの中に置き忘れるというへまをやらかした。日本に着いたその日のうちに近所のショップへ赴き、iPhoneを買い直したのだが、その頃にはマイナーチェンジされて3GSになっていた。以来2年ごと、Sのつく機種が出るたび買い直している。
 先日、ワイン専門誌の編集チームとフランスを取材をしていて、iPhoneを始めとする情報端末の進化やインターネット環境の整備のおかげで、どれだけ海外取材が楽になったかわからない、という話で盛り上がった。
 フリーになって海外取材が増えた90年代後半は、日本でもインターネットが普及し始めた頃だが、海外から日本のサーバーにアクセスするのはまだ容易なことではなかった。当時使っていたAppleのPowerBookについていた内蔵モデムは、9600bpsという今では恐ろしくスローな通信速度で、何より接続自体に苦労した。
 ホテルの電話回線にMacをつなげようとすると、フランスの一般的な電話は日本やアメリカと形状の異なるバカでかいプラグでつながれていて、変換アダプターが必要になる。私は経験がないのだが、知り合いの編集者は壁に直付けされた電話線をアーミーナイフのドライバーで分解し、無理やりつなげていたという。すでに時効とはいえ、もちろん違法である。
 ケーブルがつながったら、加入しているプロバイダーの提携先にダイアルアップで接続させる。ところがこれがまたうまくいかない。何度やってもつながらないので結局諦め、国際回線で日本のプロバイダーに直につなぎ、メールを受信したこともある。ガガ〜、ピュ〜ヒョロ〜という音の後、接続の成功を示すログを確認しては、ホッと胸をなで下ろした。
 それが今ではフランスの片田舎でさえたいていのホテルにWiFiが入っている。もちろん、ただ入ってますというだけでやたら通信速度が遅かったり、セキュリティが厳しすぎてPC側の設定を変えないとメールの送受信ができないなんてトラブルは今でも起こる。それでもダイアルアップしていた時代と比べればはるかにましだし、なによりWiFi無料のホテルが増えたのはありがたい(ときどき1日9.99ユーロなんて半端な金額を請求するホテルもあるけれど)。
 日本との連絡が国際電話に限られていた時代は、出発までにそれまで抱えていた仕事をきれいに終わらせなければ心配で出られなかったが、今は多少残していても現地でなんとかなる。出張中に出たゲラも、PDFをメール添付で送ってもらえば、校正ツールで赤入れしてすぐ戻せる。ファックスされたゲラに手書きで直しを入れ、またファックスで送り返す必要はない。ホテルをチェックアウトする際、「国際ファックス代100ユーロ」なんて請求書を受け取ることもなくなったわけだ。
 ワイナリーへの道案内も、iPhoneのGoogle Mapさえあれば今はたいてい事足りる。助手席の人が慣れない地図を確認しながら、ドライバーに指示する必要などもはやない。道に迷うたび歩いている村人に、だれそれさんの醸造所はどこですか……と尋ねる手間もほぼなくなった。道に迷って1時間遅れで到着し、待ちきれなくなった当主が怒って自宅に帰ってしまった……なんて悲劇はもはや過去の笑い話に過ぎないのだ。
 近ごろはiPhoneやAndroidのアプリを活用するワイナリーも増えている。昨年、シャンパーニュのクリュッグがリリースしたアプリはなかなか秀逸で、裏ラベルに記されたKRUG IDと呼ばれるコードナンバーを打ち込むかカメラで読み取ると、そのボトルの詳細が現れる。ヴィンテージ表記のないシャンパーニュは飲み頃を探る手だてがない。ふつうの消費者なら飲みたい時に開ければよいのだが、われわれのようなヲタク……もとい求道者になると些細なことも気になるので、何年のワインがベースなのかやら、澱抜きはいつ行われたのかなど、詳細な情報が得られるのはありがたい。さらにそのボトルに合う料理や風味にぴったりの音楽までおすすめされ、ネット配信で曲を聴くことまで出来てしまうのである。
 こうなると近い将来、すべてのワインにQRコードが付けられ、それを読み取れば、自分の嗜好に合うワインか否かが一発でわかるような仕組みができるかもしれない。いや、じつはそのための作業を名越さんも含めた数名の専門家たちと取り組んでいる真っ最中だったりする。興味のある方はこちらをご参照のこと(https://www.facebook.com/uwinejp)。
 さて、9月25日に発売されたiPhone6sだけど、プロセッサが2世代新しくなり、4Kビデオの撮影が可能になった。デザイン的にはスティーヴ・ジョブス存命時代の4や5が最高だと思うし、現在使用している5sでも動作のもたつきやバッテリーの持ちが悪くなったのが気になる程度で大きな不満はない。それでもきっと割賦の残債がゼロとなる来月には、めでたく6sを手に入れてることだろう。
 ネットや情報端末の普及が多大な利便性をもたらしたのはありがたい反面、世界中のどこにいてもオフィス状態になってしまったのは痛しかゆし。12月の出張時にはきっと、ポーンという通知音とともに、「フランスご出張中のお忙しいところ申し訳ございませんが、連載の原稿を日本時間の明日16時までにいただけますか? 今月は年末進行なので……」と、リアルタイムでメッセージが送られてくるのだろう。(by柳忠之)
「クリュッグ」:シャンパーニュの名門メゾン。グランド・キュヴェはヴィンテージ表記のないノンヴィンテージだが、100前後の原酒を組み合わせて造られる芸術作品。リリース後、寝かせたグランド・キュヴェの素晴らしさにはまった結果、KRUG IDでデゴルジュマンの年月がわかるようになったのはじつにありがたい。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/