第57回 ニュージーランドの強さ

 ニュージーランド国籍を持つ人のことを「キウィ」と呼ぶ。果物のキウィもよく知られているが、鳥のキウィから命名されたらしい。キウイフルーツの名は、キウィバードの外観に似ているからとか、キウィ=ニュージーランド人の果物だからとか、諸説あるようだ。
 キウィバードは、ニュージーランドにだけ存在する飛べない鳥のひとつで、昔は敵に襲われる危険性が少なかったから、飛ぶ必要もなかったのだ。今では可哀想に、多くの人間が入植し、彼らが持ち込んだ外来動物が増えたから、絶滅危惧種となっている。
 人間のキウィ曰く、そのぐらい「かつてこの国には、本当に何にもなかった」のだ。南島のセントラル・オタゴでは、この世のものかと思うほどコントラストがはっきりとした、美しい岩山と湖が成す雄大な風景を見た。腕はなくともいい写真が何枚も撮れてしまう、夢心地を味わえる素晴らしい場所だった! 岩場には野生のタイムが繁茂し、豊かな木々で青々とした場所もあったが「これもすべて西洋人が持ち込んだ」後のことだという。

 ニュージーランドを訪問したのは3年ぶりで2度目のことだった。前回は、北島の南端にある首都ウエリントンの会議場にこもりきりでワインを試飲するのが主要な目的だった。わずか3日半だけ滞在して帰ってきた。しかし今回は、ワイン産地を3か所巡りながら10日間を過ごすという長丁場となった。
 各国からジャーナリスト、ソムリエ、バイヤーなどが招かれて、各地方のワインへの理解を深めるためのプログラムが組まれていた。「各国」とはいえ、関係が深いイギリス、オーストラリア、アメリカが大勢で、中国からは10名以上来ていたのに、日本からは私ひとりだけ。ちょうど中国の新年にあたる春節を迎える時期だったこともあり、中国歓迎ムードが盛んだったから、ちょっぴりメランコリックな気分になった。
 ともあれ、3番目に訪れたワイン産地は北島東海岸のギズボーンだ。18世紀後半にキャプテン・クックが、初めての西洋人として上陸した地として知られている。そのギズボーンの空港に降り立つと、先住民のマオリ族の人たちが伝統的な装束で私たちを待っていた。ラグビー好きならご存知だろう。ニュージーランド代表のオールブラックスが試合前に見せる「ハカ」を、男女総勢20名ほどで披露し歓迎してくれたのだ。
 男性陣による威嚇の踊りは迫力満点で、腹の底から発する野太い声にも圧倒された。まるで歌舞伎役者が見栄を切るように、カッと大きく見開いた大きな黒い瞳も印象的だ。もしも一人だけでいる時に間近に来られたら、蛇に睨みつけられたカエルのように萎縮してしまったに違いない。
2度目に披露された「ハカ」は、これから色づき始める黒葡萄のピノ・ノワールに鳥よけネットが準備されたばかりの畑の前で。
2度目に披露された「ハカ」は、これから色づき始める黒葡萄のピノ・ノワールに鳥よけネットが準備されたばかりの畑の前で。
 今回の旅を通じて「ニュージーランドは強い」なあ、と感じた。でも、ハカやラグビーがその理由ではない。
 キウィバードが幸せに暮らしていた楽園に、マオリ族が入り、西洋人が入植し、ゴールド・ラッシュでさらに多民族が移住し、さまざまな動植物がはびこっていくことになった。だから、もうこれ以上大きく変えたくはないのだろう。入国のさいに空港の検疫が、日本やヨーロッパに比べて格段に厳しかった。
 何かしら生態系に影響しそうな物品は、一切お断り。たとえ安全なものであっても、申告しないで動植物を持ち込んで見つかった場合には、400ニュージーランドドル(約32,000円)以上の罰金を支払わなければならなくなる。機内で配られる申告用紙に書く勇気が湧かなかった乗客のために、イラスト入りの写真と共に大きなゴミ箱が何か所も置いてあるのも面白かった。
 それに、原子力に対しての拒否反応も強いそうだ。国土は日本と同じぐらいのようだが人口が約400万人と少ない。「ちょっと狭いけれど」と通された友人宅が、あまりに広いのでびっくりした。だから、それほど大量の電力を必要としないのかもしれないし、再生可能エネルギーに恵まれているのだろう。他国の原子力船が近海を通るだけでも敏感になり、非難と嫌悪の声を上げて追い返してしまうという。
 加えて、葡萄栽培についてもそうなのだが、国全体で「サステイナブル(地球環境を保ち維持する)」や「リサイクル」の意識がとても強いということもわかった。日本の「もったいない」とか「始末」にも似て、日常生活そのものでも一貫している。それは一種の「文化」といってもいい。
 こんなことを見聞きして、「ニュージーランドは強い国」だなあ、と感じたのだ。壊したり倒したりする強さでもなく、古いものを捨てて新しいものへ走るのでもなく、徹底して「守る」強さだ。これって案外難しいこと、ですよね?

 ところで、空港で披露されたマオリ族の「ハカ」の後は、友好を表す歌へと変わった。マオリ語だから内容はまったくわからなかったのだが、女性の高らかな歌声が響き渡り、とても心地よいものだった。その後で、取材陣側の代表から、お礼の歌を贈った。すると、次はマオリ風の挨拶をするという。マオリ側20名強、客人サイドはおよそ50名もいるにも関わらず、全員がそれぞれ一人ずつ「ホンギ」をした。
 西洋風に抱き合うハグでもなく、フランス風に頬をくっつけるビズーでもない。鼻と鼻をぴたっと合わせるのがマオリ風だ。娘がまだ幼稚園の頃、「はなはな〜」と言いながら鼻を合わせてスキンシップしていた頃を思い出して懐かしくなった。でも、我が家風とはちょっと違う。「ホンギ」は鼻と鼻を合わせながら、両方の目もしっかり合わせるのだ。これまた迫力がある。これ以上はない至近距離だし、何人も立て続けにするものだから、緊張感もあり次第に鼻が汗ばんでしまった。
 いやあ、知らないことは本当にたくさんある。こうやって未知の文化に触れるきっかけになってくれているワインは、やっぱりすごいなあ、と思った10日間でありました。(by名越康子)

ニュージーランドワイン:ニュージーランドワインは、いわゆる「新世界」と呼ばれるまだ若いワイン産地で、ここ20〜30年で急速に発展した。80年代後半に白ワインのソーヴィニヨン・ブランが一世を風靡して、今でも世界的な人気を誇る。白では他にシャルドネ人気も根強い。赤ではピノ・ノワールが看板品種だ。最近は、スパークリングワインの生産量も徐々に増えている。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/