第59回 ソムリエコンクールはハンガー・ゲーム

 片道36時間のフライト中、普段なら忙しさのあまり観ることのない映画を観まくった。
 その中のひとつがついに完結を迎えた「ハンガー・ゲームFINAL:レボリューション」。ここであらすじを長々と述べるつもりはないが、ジェニファー・ローレンス演じる主人公のカットニス・エヴァディーンは、独裁国家パネムの首都キャピトルに潜入。随所に仕掛けられたトラップをかわしながら、宿敵スノー大統領のいる大統領官邸に迫る。
 もうひとつが「メイズ・ランナー」の続編「メイズ・ランナー2:砂漠の迷宮」だ。前作で巨大迷路から抜け出したトーマス(演:ディラン・オブライエン)一向。施設に収容された彼らは、そこが彼らを迷路に送り込んだ組織WCKDと関係していることに気付き、ふたたび脱出。砂漠の中をゾンビの集団に襲われながら反乱軍の元へ身を寄せる。ほっとしたのも束の間、仲間の裏切りにより、盟友ミンホ(演:キー・ホン・リー)はWCKDに捕われ……。その結末は最終章「メイズ・ランナー3:死のキュア」までおあずけだ。
 2作ともに共通するのは、主人公が数々のトラップをくぐり抜けサバイバルする姿。36時間におよぶフライトの目的地、アルゼンチンのメンドーサで開催された第15回世界最優秀ソムリエコンクールはまさに、ハンガー・ゲームであり、メイズ・ランナーであった。
 前回の東京大会からはや3年。58カ国、60名のソムリエがアンデス山脈の麓に集結。準々決勝で15名、準決勝で3名が勝ち残り、4月18日、テアトロ・インディペンデンシアで行われた公開決勝において、史上15人目の世界ナンバーワンソムリエが決定した。スウェーデン出身の弱冠31歳、ジョン・アルヴィット・ローゼングレンである。
 ソムリエコンクールにトラップが仕掛けられるようになったのは、いつ頃からだろう。過去にはグラスに口紅がつけられていたり(以降、サービス前にグラスを照明にかざすのがお決まりになっている)、コルク臭の原因物質であるTCAがワインに仕込まれたりしたようだが、私が思い出すのは2010年、チリ大会のトラップだ。
 準決勝の実技審査。モエ・エ・シャンドンのシャンパーニュをサービスするごくありふれた課題だったが、いつものようにホイルを剥がすと、コルクはごく一般的な針金ではなく、アグラフと呼ばれる特大のホッチキスのような金具で留められていた。ルーマニア代表の女性ソムリエは初めて見たアグラフにおろおろ。結局抜栓できぬまま時間切れとなり、部屋を出た途端涙を流した。審査に使われたボトルはモエ・エ・シャンドンがコンクールのため特別に用意したものだった。
 昨年香港で開催されたアジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクールのトラップもなかなかいかしてた。決勝に残った3名の審査がそれぞれ済み、揃って壇上に呼ばれたのでいよいよ優勝の発表かと思いきや、審査にはまだ続きがあった。近頃定番のモニターに映し出された人物やワイナリーの名前を当てるクイズの後、さらにモエ・エ・シャンドン・ロゼ・アンペリアルのマグナムを18脚のグラスに均等に注ぎ切る実技が残っていた。各グラスの量がバラバラだと減点、ボトルに余らせても、足りなくても減点である。
 グラスはテーブルの上にランダムに置かれており、各選手はそれらをまず一列に並べてから注ぎ始めた。最終的に3位に入賞したオーストラリア代表は、最後の一脚に注ぐ量が足らず、わずかにシャンパーニュの入ったそのグラスを、「これは自分の分」と言って飲み干した。じつは最初にテーブルに置かれていたグラスの数は19! オーストラリア代表はそれに気づいてのパフォーマンスだったらしい。
 今回の世界戦では、準々決勝からトラップが仕掛けられていた。シャンパーニュのサービス実技。テーブルの上に置かれたグラスの中に少量の液体が残されていたのだ。このグラスを下げ、新しいグラスを用意しなければならないのだが、これに気がつかない選手が多かった。ただしこの設定には少々無理がある。飲み残しのグラスが置かれたままのテーブルに、客が通されるシチュエーションなどありえるだろうか?
 決勝では客が持ち込んだワインに合わせてメニューを考案する問題が出されたが、ここにもトラップが仕込まれていた。ワインにはドメーヌ・ポンソのクロ・サン・ドニ1945年という、実在しないブルゴーニュが含まれていたのだ。このワインは2012年にFBIに逮捕された贋ワイン王ルディ・クルニアワンが、かつてオークションに出品し有名になったもの。こうしたニュースも記憶の片隅にとどめておかなければ世界一にはなれないようだ。
 トラップに次ぐトラップ。3年後のコンクールでは、どのようなトラップが選手たちを悩ませるのだろう。(by柳忠之)

モエ・エ・シャンドン:シャンパーニュの最大ブランド。モエ家と皇帝ナポレオンの親交が深かったことから、1869年、ナポレオンの生誕100周年を祝してリリースされたのが「モエ・アンペリアル(皇帝)」である。世界最優秀ソムリエコンクールのスポンサーを1989年から続けている。
ドメーヌ・ポンソのクロ・サン・ドニ:ドメーヌ・ポンソはブルゴーニュ地方モレ・サン・ドニ村の大ドメーヌ。同家が特級畑クロ・サン・ドニのワインを瓶詰めし始めたのは1982年以降のことで、1945年は存在しない。

柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/