第60回 抹茶とシャンパーニュの甘味加減 |
![]() 実家に帰ると両親の習慣に従って、毎日決まって午前中に抹茶タイムがある。和菓子と抹茶でほっこりする。いや、むしろ2服の抹茶で頭がシャキッとする、というほうが正しいかもしれない。しばらくは、何日か抹茶を飲む日を過ごしても、帰宅するとすっかり普段の生活に戻っていた。けれど3年ほど前からだろうか、東京の我が家にも抹茶を常備するようになった。 家で仕事をしている時には、ふと飲みたくなれば茶碗と茶筅を出して点てる。この時には、親には内緒だが不作法で飲む。一服のお伴も季節の和菓子とはいかないから、チョコレートだとかクッキーだとか、そういうフツーの甘いものだ。 外出先となれば、コーヒー、紅茶はどこでも飲めるが、抹茶そのものを飲める場所はちょっと探しにくい。でも、時々思い立って足を運ぶお茶屋がある。スターバックスだ。「抹茶ティーラテ」という商品があるからだ。平たく言えば抹茶のミルクティー風、ということだろうか。これを「シロップ抜き」で注文すると、ほんのり甘い程度で結構美味しい。 でも、普通に注文するとシロップが入るので、私にはちょっと甘すぎるのだ。考えてみれば、スターバックスはアメリカの会社だったんだよねぇ〜、と最近しみじみ実感している。 今年もシャンパーニュを訪問した。今回は「ドザージュ」についての考察をテーマに取材するのが目的だった。 ドザージュというのは、シャンパーニュをはじめスパークリングワインの仕上げに行う甘味調整のことだ。もともとシャンパーニュは冷涼な地方で造られるワインで、しかも泡立ちも伴うから酸や刺激が強い。その感覚を緩和するために、甘味調整が行われるようになったのだ。 かつては、コカコーラよりもっと甘いシャンパーニュが主流だった時代もある。ところが、時代を経て最近では「ブリュット」と呼ばれる辛口タイプが一般的だ。中には、「エクストラ・ブリュット」とか「ブリュット・ナチュール」という、ごくごく辛口のカテゴリーに入るものも出てきている。その流れや理由について、何人もの造り手を訪ねて回ったというわけだ。 ある会社で面白い話を聞いた。 ひところは、輸出する国に合わせて甘味調整をしていた時代がある、ということは以前聞いたことがある。今ではもうそういう習慣はなくなり、同じ名前の銘柄は同じ仕上げにするのが一般的になっている。しかし、その会社では輸出する銘柄そのものを国に合わせて変えている、というのだ。 例えば日本の場合は、一般的な「ブリュット」が販売の主体となる。ところが、アメリカには一段階甘いタイプの「エクストラ・ドライ」を主に輸出しているというのだ。 それを聞いて、思い出したことがある。 ひとつは、カリフォルニアのさるワインの造り手さんのこと。ピノ・ノワールの名手で、来日を記念して試飲セミナーが行われた。ブルゴーニュ好きが高じて、自分でもワインを造り始めたという。稀少な銘柄が多く、現地でも引っ張りだこのワインメーカーだ。奥様を連れ立っての来日で、ツーショットの写真を撮らせてもらった。そして、せっかくなので奥様にも撮影の後に話しかけた。 「やっぱり奥様も、ブルゴーニュの赤ワインがお好きですか?」 「ブルゴーニュはダメよ、酸が高くてとても飲めないわ」と、あまりにも意外な言葉が返ってきたので、次の質問を思い浮かばず話がとぎれてしまった。 やっぱり、味の好みは国によって異なるのだ。私たちフツーの日本人の感覚からいえば、アメリカンテイストは甘く感じるのだろう。 ある時、いつものようにスターバックスで「シロップ抜き」の「抹茶ティーラテ」を注文した。するとカウンターの男性が「お客様は抹茶ティーラテをよくお飲みになるのですか?」と聞いてきた。そうだ、と伝えると「ミルクの量を多めにしたり、抹茶パウダーを倍の量にする、という調整もできますが、いかがでしょうか?」。 これを聞いて、目がキラリと輝いた。アルバイト君の素晴らしいご提案、いいじゃないですか。抹茶パウダー増量で濃い抹茶ティーラテが飲めるならば、こんなラッキーなことはない! ワクワクして出来上がった特製「抹茶ティーラテ」を一口飲んだ。しかし、これは失敗だった。抹茶味だけでなく甘味も倍増していたのだ。抹茶に気がとられて、抹茶パウダーにはもともと砂糖が入っている、ということが頭の中から抜け落ちていたのだ。あぁ、とても残念でありました。(by名越康子) シャンパーニュ:フランス北東部のワイン産地で、葡萄栽培の北限のひとつ。泡立つワインで有名で、日本では一般的に「シャンパン」と呼ばれている。昨年、ユネスコの世界遺産に登録された。 |