第63回 地中海式ダイエット

 30年ぶりにギリシャを訪問した。2回目になる。最初の訪問は日航ジャンボ機の事故の年だったから、よく記憶している。当時は、リーズナブルに好きな場所を単独で巡る「地球の歩き方」が流行り始めた頃だった。もちろん私も若かったので、その手の旅を楽しんだものだ。
 確かYMCAに泊まっていて、お昼は大きな胡麻パンをかじり、パルテノン神殿を見上げて「あぁ、これがエンタシスの柱か」と、美しいフォルムに圧巻の溜め息をついた。街中の屋台で売られる胡麻パンというのは、ドイツのプレッツェルにも似ていてカリッとした食感だった。その他に記憶に残っている料理は、タラモとムサカ、そして葡萄の葉っぱで包まれたお米の蒸しものドルマダキアだ。
 東京でギリシャ料理店に入ることはほとんどなかったので、ギリシャ料理のイメージは、遠い昔の思い出がそのまま焼きついているだけだった。

 取材で1週間ほど海外に滞在し、帰国して何が食べたいかと聞かれると、第一に野菜を思い浮かべる。なんだか魚や肉を食べる割合が多く、「野菜レス」になるからだ。でも、今回のギリシャに限っては、いつもとちょっと違っていた。
 初日のアテネに始まって、サントリーニ島でもクレタ島でも、北部ギリシャに移っても、毎日「ギリシャ風サラダ」がランチにもディナーにも必ず出たからだ。基本の素材は、トマト、キュウリ、フェタチーズで、ハーブやオリーブ、葉野菜が入っていることもある。そこにたっぷりのレモンをしぼり、オリーブオイルをかけていただく。とっても爽やかでみずみずしいのだ。
 何日か経ってから「さすが地中海式ダイエットですね」と、ともに旅していた一人の女性が呟いた。やはり何度かワイナリーツアーを経験している人だが、今回は野菜不足を感じることがなく、翌日胃がもたれることもない、と私と同じように感じていた。
 そうなのだ。たっぷり食べているにも関わらず、時間が経つとちゃんとお腹がすく。でも、今まで「地中海式ダイエット」がどんな意味なのか考えたこともなかったので、ちょっと調べてみることにした。
 オリーブオイル、レモン、ハーブを多用した、穀物、豆類、野菜、果物を中心にした料理で、チーズやヨーグルトなど乳製品も使用する。基本的には魚中心で時々肉類。要約するとこんな感じだろうか。そうそう、もうひとつの大切なポイントは1、2杯のワインもセットとして飲むべし、ということだった。
 穀物や豆類があるからお腹は膨れる。みずみずしい野菜や果物は、特に日差しが強いエーゲ海の島では水分補給に恰好の素材だ。慣れない強い光に当たり1日ほど半熱中症にかかっていたので、今回は本当に野菜の水分に救われた。
 山羊と羊の乳でつくるフェタチーズは、濃厚で塩分もある。ハーブは太陽に恵まれて雨が少ない気候で育つから、香りがしっかりとしている。オリーブオイルもフレッシュで香りが高く、優れた調味料として活躍する。こういう素材を使うから、あまりプラスαの味を足さなくても満足感が高い一皿ができるのだろう。
 なんとなく、地中海沿岸地域の料理のことを「地中海式ダイエット」だと思っていたが、そうではなかった。ギリシャの中でも、特にエーゲ海に浮かぶ島々の食が、まさに「地中海式ダイエット」なのだと実感した。36_#63_photo1-3
 ただ、いわゆる「ダイエット=減量のための食事療法」をしたい人にも「ギリシャ式ダイエット」はお薦めできそうだ。なにせ、朝、昼、晩と毎日しっかり食べる取材旅行の後は、だいたい1キロから1キロ半増えて帰国することが多い。でも今回は、わずか0.5キロ増でおさまっていたのだから。

 そういえば、現地ギリシャで懐かしのタラモも食べることができた。30年前に食べたギリシャ料理の中で一番気に入り、我流で作り続けていた。たぶん、帰国してからレシピを探したのだと思う。タラコ、ジャガイモ、レモン果汁、オリーブオイル、塩を適量。いわば、タラコ入りのマッシュポテトといったところだ。
 ところが、長年信じてきたレシピは本場のものとはかけ離れているのかもしれない……。
 ある店の前菜でタラモサラダが出てきた。ギリシャでは、ひよこ豆をペースト状にしたフムスもよく食べるようで、見た目がよく似ていたが、「タラモ」だという。でも、なんだか私のタラモとはちょっと違っていた。聞けば、パン粉、レモン果汁、オリーブオイルしか使っていない、というではないか! この30年間ずっとエセ・タラモを作ってきたのだろうか?
「いや、ジャガイモを使う場合もあるし、魚卵を使ったピンクのもあるよ」とも言う。でも結局、1週間の滞在中にジャガイモ・バージョンやピンク・バージョンには一度も出会えなかった。
 我流のタラモはマイナーなのだろうか。本当はどうなのだろう? とっても気になる。誰かタラモの真実を、教えていただけないかしら?(by名越康子)

ギリシャワイン:ギリシャでのワイン造りの歴史は古代からと長いが、地元消費が大半のためまだあまり世界的には有名ではない。ギリシャワインといえばレツィーナを思い浮かべる人が多いかもしれない。松やにを入れた個性的なワインのことだ。今ではモダン・バージョンが造られているようだが、今回の旅では出てこなかった。
 そういえば、前回の旅の最中に白濁したお酒を飲んでいる老紳士に出会った。ウゾというリキュールで、水を足すと白く濁る。珍しそうに見ていたらグラスを差し出してくれたので、香りだけどんなものかと試してみた。当時は、アルコール飲料は飲めもしないし興味もなかったので、癖が強くて驚いた。アニスのお酒だ。
 ギリシャのワイン造りが近代化したのはEUに加盟した1981年以降で、今は若い世代に勢いがあり面白い。暑い気候にあるからか後味の爽やかなワインが多いため、白も赤も食事の伴として最適だ。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/