第64回 まるで引っ越し

 今年は夏休みを返上して、まるで引っ越しをするような「重労働」をするはめになった。我が家の2階には3つの部屋がある。3人家族だが、なんとなくどの部屋も複数で共用していたのを、きっちり1人1部屋ずつにしようと決めたからだ。
 「なんとなく」共有しているというのは始末が悪い。結局、片づける責任感を誰も持たない、長年ほったらかしの空間が生まれた。私が専業主婦であれば、きっと私が責任者になるのだろうが、土日も関係なく仕事をするような生活なのでそうはいかない。
 ともあれ、このたびは「断捨離」にトライしてみることにした。

 手袋にマスクをして、掃除道具も側に置きつつ、5日間の期限付きで断捨離計画は始まった。書類、写真、書籍に雑誌。ワインのラベルやコルクにボトル。まあ、たくさんのものをそのまま「熟成」させておいたものだ。自分でも「あれ、こんなものまで取っておいたのね」と、笑い出すものまであった。
 仕分けをしながら思ったのだが、やはり私は物持ちがよい人のようだ。おそらく物持ちがよい母の姿を見て育ったからなのだと思う。ただ母と私では大きな違いがある。住む家の広さだ。
 例えば実家には、焼き芋専用の釜がある。1年に1回使っているのかどうかもわからないが、少なくとも私が子供の頃からずっとある。直径30cm以上ありそうな丸い鉄板の上に、同じ金属製の帽子のような蓋がついていて結構重たい。でもその釜を使うと、さつまいもがホクホクに焼けて実に美味しい。そういうものを平気で取っておける空間がいくらでもあるのだから、それでいい。でも、我が家は同じ環境にはないから、気がついた時に整理整頓を繰り返さなければいけないのだと、今回しみじみと感じた。
 だから、なんとなく取っておいてものについては、バッサバッサと不要なものコーナーへ移動させた。心を鬼にすると決めていたので、意外に早く仕分けができそうだなぁ、と我ながら感心していた。
 ところが、すべてがそううまくいくはずはなかった。
 まず手を止めてしまったのが、娘が幼稚園にあがる前から通っていた託児所の記録に、ベビーシッターさんが書いてくれた育児日誌。あぁ、こういう時代もあったのだと、つい懐かしくなって読み始めてしまう。あの頃は原稿料をそのまま右から左に移動させていた時代だなぁ、でも必死だったなぁと、しばし思い出にひたってしまう。
 もっと最近のものだと、数年間関わった故郷・鳥取の食材を使ったイタリアンレストランの資料が出てきた。大半は仕事を退いてすぐに整理したはずなのに、店長が手書きしていたメニューや、知人や友人たちが雑誌などに書いてくれた紹介記事の切り抜きファイルもしまってあった。私が辞めたのは東日本大震災の年の秋だったから、もうすぐ5年が経つ。取っておいてどうなるものでもないけれど、やはりこれも捨てられなかった。
 面白いなぁ、続きを考えなくちゃ、という気持ちが湧いたのは、小さな額に入った私の写真を書類の合間から見つけた時だった。自分の写真を人様に見せることも飾る趣味もほとんどないけれど、なぜか1人で映った写真をお気に入りの額に入れていた。
 場所はたぶん軽井沢だと思う。綺麗な並木道の片隅にたたずんで笑っている。2枚の写真を重ねて入れていて、同じ場所で撮っているのだが季節と私の年齢が違う。片方が20代、もう片方が30代のはずだ。髪型も洋服も全く異なる自分を見て、思わず吹き出しそうになった。どうしてこういう写真を残そうと考えたのかも思い出せない。残念ながら40代では撮影していないけれど、せっかくなので50代の記録も残しておこうかなぁ、と思っている。
35_#64_photo
 そんなこんなで、何とか期限内に断捨離は断行できた。はずだった。実はひとつ、予定外の誘いが入ってしまった。
 近所に住む友人が、引っ越しすることになって断捨離の真っ最中なのだけれど、圧力鍋のもらい手を探しているという。我が家には、いくつも鍋はあるけれど、圧力鍋はまだない。だけど、いつかは使ってみたいなぁ、と思っていた。友人は翌日には引っ越してしまうという。
 圧力鍋の魅力に負けて、置くスペースを考える頭はしぼんだ。まるで引っ越しのような部屋替えは、ほとんどうまくいっている。でも、新入りさんの居場所はまだ決まっていないのでした。(by名越康子)

ワインのラベル:貴重なワインや記念日に飲んだワインなど、30年ほど前はボトルを水につけてラベルをはがして保管しておくことが多かった。次第にラベル貼りに使用する糊が強力になり、水につけてもはがれにくくなった。そのため「ラベルはがしシート」が登場して便利になった。今回の作業中にもこれがたくさん見つかった。今では携帯でパチリと撮れば事足りる。ワインのラベル画像を収める専用アプリも出ているから、楽しく簡単に整理でき、その上保管場所も必要ない。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/