第53回 おいしい料理と言葉の関係

 今年は、10年ぶりにスペインを訪問した。しかも2回も!
 はじめは3月末の肌寒い季節に、フランスに近い北東部のバスク地方へ向かった。ピンチョスの発祥の地とされ、スペインで一番三ツ星レストランが多く、美食の地域として知られている。いつか行けるといいなぁ、と思いながら今まで一度も機会に恵まれなかったから、心躍らせてビルバオの空港に降り立った。
 ビスケー湾に面しているため海の幸が豊かな場所で、本当にこれアンチョビですか? と疑うほど美味なアンチョビや、ムール貝のワイン蒸し、それに焼き魚まで出てきた。いや本当に、日本の焼き魚とほとんど変わりなく、違いといえば最後にオリーブオイルをかけることぐらいだっただろうか。そんなわけで、飽きることも、和食が恋しくなることもまったくなかった。
 2回目は11月上旬で、地中海沿いに縦長のカタルーニャ地方だった。バルセロナ近郊のサン・サドルニ・ダノイヤやビラフランカも、おいしい食べ物の宝庫だった。晩秋なのに結構温かくて、念のために持って行ったコートは、地下セラーでだけ活躍した。地下は年間通して気温がほぼ一定なので、寒い時期には外よりも地下セラーを温かく感じる。でも、まだまだ外気温のほうが高くて面食らったぐらいだ。現地の人も「今年は変だよ。先週はすごく雨が降って寒かったのに、ほら今週はずっとこんな感じ」だと言う。

 ともあれ、この両地方は「美食の地」だということ以外に、もうひとつの共通点がある。言語表示が常にふたつあるのだ。でも、スペイン語とフランス語、というわけでも、スペイン語と英語、というわけでもない。バスクでは、バスク語とスペイン語が、カタルーニャでは、カタラン語とスペイン語が併記されている。空港でも、ホテルでも、レストランでも、そうなのだ。
 よく、フランス、スペイン、イタリアあたりの人は、それぞれ自国の言語を話していてもお互いにおよその理解はできると聞く。でも、バスク語に限っては、スペイン語と似ているわけでも、フランス語と似ているわけでもなかった。未だにそのルーツが明らかにされていない。「宇宙人がつくった言葉」だとか、「中世にはバスク語を覚えることが刑罰のひとつだった」、とか言われている謎の言語のようだ。
 でも、取材の時は「ありがとう」の一言ぐらいは現地の言葉を使おうと心がけている。フランスでは「メルシー」、イタリアでは「グラッチェ」、スペインでは「グラッシアス」(あくまでもベタにカタカナで書くと、ということなので細かい発音は突っ込まないでくださりませ)と、覚えている。だから、バスク出身の人に「ありがとう、って、どんな風に言うの?」と英語で尋ねてみた。
「◯X△◯X△◯!」
 まったく聞き取れなかった。でもしつこく、2度、3度と聞き返しているうちに、ようやく頭の中でカタカナに変換することができた。
「エスカリカスコ!」ということになる。確かに、他の言語に何の関連性もない。覚える手立てが思い浮かばなかった。う〜ん、でも、何とかして覚えたいと思った。
 iPhoneの機能に「メモ」という便利なアプリケーションがついているのを思い出した。そこに「エスカリカスコ=ありがとう〜」と書き込んで、マイクロバスで移動中などに何度も何度も呟いた。
「エスカリカスコ、エスカリカスコ、エスカリカスコ……」
まるで呪文のように唱えていたら、ようやく2日ぐらい経って頭に刻み込むことができた。でも、この一言だけ。すでに記憶力には自信がないお年頃なので、無理せずこの重要単語だけに留めておくことにしておいた。
 かたやカタルーニャ地方では、スペイン語とカタラン語は似てはいるが、どちらも公用語として別の言語として取り扱われているようだ。
 ちょうど生産者の人とランチをとっていた時に、メニューがふたつの言語で書かれていた。アジア担当の輸出部長は、勤続30年で日本にも毎年のように来ているというベテランだ。もうひとりの輸出部門の男性はヨーロッパ担当で、日本人とすれば40歳ぐらいに見えるから、せいぜい30代前半といったところだろうか。二人にスペイン語もカタラン語も両方とも使うのかどうか聞いてみた。
 アジア担当のベテランさんは「私たちの時代は、子供の頃はずっとスペイン語しか使えなかった。カタラン語を話すようになったのは、大人になってからだよ」という。フランコ政権下では、使用言語の制限があったからだ。
 それに対して「僕は公立の学校に通っていたのだけれど、先生によって言葉が変わっていたよ」と欧州担当者はいう。教科によって、その担当の先生がスペイン語を使いたければスペイン語で、カタラン語のほうがよければカタラン語で授業を行っていた、という。
 「うちの娘は私立の学校で、スペイン語を使う先生とカタラン語を使う先生とが、ちょうど半分ずつになっているよ」とベテランさん。
 これって、生徒にとってはどうなのだろう。混乱しないのだろうか。いずれにしても、バイリンガルでなければよい成績はとれない、ということになる。言葉を使い分けるには頭を切り替えなければならないから、きっと賢い人が多いんだろうなあ〜。公用語がふたつ存在することと美食は、何か関連性はあるのだろうか。いや、そもそもよい素材がなければ始まらないのだから、まったく関係ないのかもしれない。

 そういえば、バスク地方で食べた焼き魚と同じぐらい、日本的な料理をカタルーニャ地方でも見つけた。「ピカピカ」といって、色々な種類のお皿を皆でつまむスタイルで食べさせてくれた時のことだった。
 まず、生ハムとパンコントマテは必須アイテムとして、当然のようにイの一番にサービスされた。表面をガリガリにトーストしたパンに、生ニンニクのカットした面をこすりつけ、今度はトマトを横半分にカットした面を擦り込み、塩少々と、エクストラ・ヴァージン・オリーブオイルをたっぷりかける。これでパンコントマテ=パンwithトマトの出来上がり。それに薄切りの生ハムをハラリとのせて、パクリといく。一杯の冷えたカバがあれば、言うことなし。
 こんがりとした一口大の干し鱈のコロッケや、むっちりとした肉厚の旬の茸のソテーもあった。そして、イカに衣をつけてオリーブオイルで揚げたものが登場した。これがまさに、天ぷら風イカリングなのだ。あっさりとした塩味で、ついつい手が伸びた。
 スペインでも、内陸にいくほど肉の国となるが、沿岸地域ではシンプルな魚介料理がふんだんにある。オリーブオイルさえ苦手でなければ、日本人でも住み着けそうだ。ただ、地元の言葉を覚えられないと、やっぱり難しいだろうなぁ〜。特にバスクの場合には、宇宙に行く覚悟が必要なのかもしれない。(by名越康子)
随分食べ散らかした後に、あ、写真を撮らなきゃ! と思いたってイカリングを。右の方にぼんやり見えるのが、パンコントマテと生ハム
随分食べ散らかした後に、あ、写真を撮らなきゃ! と思いたってイカリングを。右の方にぼんやり見えるのが、パンコントマテと生ハム
「カバ」:スペインで造られるスパークリングワインの総称だが、その大半はカタルーニャ地方から生まれている。日本にも、近年様々な種類のカバが輸入されている。ソフトな飲み口で手軽な価格なことで人気が高いが、今後はプレミアム・クラスもアピールしていきたいとしている。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/