第54回 フランスワインの寛容さと多様性

 本来なら今ごろ、クリスマスのイルミネーションが灯るフランスで、取材活動に勤しんでいるはずだった。それが流れたのはもちろん、11月13日に起きたパリ同時多発テロ事件の影響である。取材地はパリから遠く離れたブドウ畑だから、テロに巻き込まれるリスクはむしろ東京にいるより低そうだが、メディアの依頼仕事となるとそうもいかず、早々に延期が決まった。
 サッカーの独仏戦が行われていたスタジアム近くでの自爆テロ。10区、11区の飲食店で無差別発泡。バタクラン劇場で銃を乱射のうえ人質をとって立てこもり、警察の特殊部隊が突入。死者130名、負傷者300名以上という大惨事となった。幸いパリ在住の友人で被害に遭遇した人はひとりもいなかったが、突然命を奪われた犠牲者のことを思うとやり切れない気持ちになる。
 事件発生の翌日、イスラム過激派組織のIS=イスラミック・ステイトが犯行声明を出した。今回のテロ行為は、今年1月にランスの週刊誌が掲載した預言者ムハンマドへの侮辱と、フランス空軍によって行われたシリア空爆に対する報復だという。
 それからひと月近く経った12月6日。フランスで地域圏議会議員選挙の第1回投票が行われ、極右政党の国民戦線が、得票率でトップに立ち、衝撃が走った。もともとフランスは旧植民地の北アフリカ諸国を中心に多くのイスラム系移民を受け入れてきた国。しかしながら、移民2世や3世の中にはフランス社会に馴染めず、孤立してしまう者も少なくない。80年代以降、失業者が増えるに連れ、イスラム系移民こそ社会不安の温床と攻撃し、勢力を伸ばしてきたのが国民戦線だ。
 中学2年の夏、遅ればせながら「ベルばら」にはまり、自由、平等、友愛をスローガンに大革命を成就させたフランスという国に、私は強い関心を抱いた。革命の精神を引き継ぎ、寛容さと多様性を重んじてきたフランス。そのフランス国民の多くが、移民排斥を掲げる極右政党を支持するようになった現実に、慄然とせざるを得ない。
 フランスワインもまた、寛容さと多様性の賜物である。一部の産地で格付けなどという無粋なヒエラルキーがあることも事実だが、だからといってグラン・クリュ(特級)のワインは王侯貴族のためにのみ造られているわけではない。また原産地呼称制度をして、ワインの自由度を束縛するものだと主張する人もいるけれど、私はその意見には与しない。その土地のテロワール(気候や土壌など、ブドウの生育に関わる自然条件)に根付いたブドウ品種を法的に定めることにより、産地の個性が保たれ、かえって多様性に富んだワインがフランス各地で生み出されているからだ。マディランのタナ、テュルサンのバロック、クラープのブールブーラン、サヴォワのモンドゥーズ、サン・プールサンのトレサリエなど、名前を挙げたらきりがない。
 ところで今日、フランスにワインを学びに来たり、またワイン造りの現場で働く外国人は少なくない。つい先日もブルゴーニュから、シャントレーヴというワイナリーをご主人と立ち上げ、ワイン醸造に携わる栗山朋子さんが一時帰国。気の置けぬ仲間たちが集まり、ワインを酌み交わしたばかりである。栗山さんのキャラクターもあろうが、すっかり地元のコミュニティに溶け込み、新世代の造り手たちからも慕われている。ほかにもボルドーにはクロ・レオの篠原麗雄さん、ローヌにはラ・グランド・コリーヌの大岡弘武さんなど、フランス各地で日本人がワインを造っている。ワインの取り引きに従事する日本人はさらに多い。イスラム系移民の話と一緒くたにはできないし、すべきでもないが、それでも寛容なフランスだからこそ外国人も活躍の場がもてる。
 国民が極右政党を支持したからといって、ワイン産地で働く外国人への態度がただちに変わることなどなかろうが、少々気にかかる。ところが、12月13日の第2回投票(第1回投票で有効投票の過半数かつ選挙人名簿登録者数の4分の1以上を獲得した候補者がいなかった選挙区では第2回投票が実施され、相対多数の候補が当選となる)では、与党社会党が国民戦線の躍進を阻むため右派連合への投票を呼びかける異例の措置をとったことも奏効し、国民戦線はすべての地域圏で議長を選出できる第一党となれずに終わった。心の中のアラートが鳴った国民が多かったということかもしれない。
 年が明けたら、フランスに飛ぶ。寛容さと多様性に変わりのないことを信じて。(by柳忠之)
「シャントレーヴ」:日本人女性醸造家の栗山朋子さんが夫のギヨーム・ボットさんとともに運営する、ブルゴーニュの小さなワイナリー。近隣の栽培農家からブドウを買い付けて醸造する。年々、ワインの種類も増え、品質も向上。
「クロ・レオ」:シャトー・ヴァランドローのジャン・リュック・テュヌヴァン氏のもとで働いていた篠原麗雄さんが、カスティヨン・コート・ド・ボルドーに所有する、わずか0.82ヘクタールのブドウ畑からなるワイナリー。少量ながら高品質なワインを醸造。
「ラ・グランド・コリーヌ」:コルナスにおける自然派の巨匠、ティエリー・アルマンのもとで修業した大岡弘武さんが、ローヌ地方に立ち上げたワイナリー。ブドウ栽培は有機農法、ワイン造りも酸化防止剤を使わない、いわゆる自然派。
柳忠之・名越康子

柳忠之(やなぎ・ただゆき)
1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年に独立。フリーのワインジャーナリストに。山梨から地球の裏側のチリまで、世界中のワイン産地を訪問。現地の最新ワイン事情を伝える。ワイン専門誌「ワイナート」のほか、「Madame Figaro Japon」「GOETHE」「Forbes Japan」などライフスタイル誌にも寄稿。日経ムック「Wine Style」の監修を務める。

名越康子(なごし・やすこ)
市庁舎の設計が若き丹下健三だったという、鳥取県倉吉市出身。慶應義塾大学を卒業の後、不動産会社に入社し、ビールもろくに飲めなかったにも関わらず、なぜかワインの道に迷い込む。輸入元勤務を経てワインの原稿書きを始めて、もうすぐ25年 !? 長年フリーランスを続けウエッブサイトWine Press Japanを立ち上げたが、この年になって「就職」することに。現在、Wines & Spirits専門誌「WANDS (ウォンズ)」編集記者。こちらもウエッブをオープンした(http://wandsmagazine.jp)。Facebokページはこちら→https://www.facebook.com/WANDS-1019991378019769/