第2回 自分の世界は自分の世界

 目に入る言葉がかたっぱしから逆に読めてしまうのって、冷静に考えれば(考えなくても)ヘンだ。何か脳におかしいところでもあるのではないか。そんな単純な疑問すら、回文を作るようになるまで抱くことができなかった。子供の頃は自分以外のみんなが同じように逆に読めるのだと思っていたし、そもそも「見える」ことに対して疑問を抱くというのは普通の人間はしないことだ。「自分が赤いと思って見ているリンゴが、自分以外のすべての人には青く見えているのかもしれない」なんていうのは哲学の上ではきわめて重要な命題だが、一般社会的にはナンセンスでしかない。だから、私は自分の見えているものに疑問を持たなかった。自分の世界は自分の世界だった。
 回文を作ることによって、自分のヘンさが初めて可視化された。自作の回文を人に披露するたびに、「すごーい、どうやって作るの?」と聞かれるけれど、「目に入る単語を全部ひっくり返すんです」くらいしか答えようがない。「作ってないと、頭の中に意味のない文章があふれ返ってパンクして死にそうになるんです」とはとても言えない。
 思い返してみると、文字を覚えるのは他の子供と比べると早い部類だったように思う。小学校低学年の頃にはすでに新聞を読んでいた。あるとき自分の名前「航」のつくり「亢」を、「穴」と間違えて覚えて書いていたことに気付いて、死にたくなるほど恥ずかしくなった。その誤字は誰にも見られなかったけれど、さすがに自分の名前を書き間違えるのはプライドが許さなかった。それ以降漢字を覚えることになぜか強迫観念のようなものがつきまとい始めた。小学生から中学生にかけては「漢字博士」みたいなキャラクターで通っていた。あだ名が「漢字」だった。ちょっと嫌だったが、とりあえず何かしらのキャラが付くと教室には居やすくなるので、甘んじて受け入れていた。ただどうも詰めが甘くて、漢字テストではいつも満点にあと一歩及ばなかった。漢字を「書いているときの手の動き方」で記憶していたからだろうか。「冬」という字の下の二本の点をずっと右上がりに書き続けていたり、最初に間違って覚えるとなかなか修正できなかった。いつも95点くらいの答案をわなわなと握りしめていた。
 小学校高学年くらいの頃は漢和中辞典を読むのが大好きで、やたらと画数の多い漢字や使用例が五字くらいしかない部首などを意味もなく暗記していた。今思うと、漢和中辞典は「逆読み」していなかった。「逆読み」するのは単語もしくは短い文章だったので、漢字だけだとその対象外だったのかもしれない。漢字と接しているときは、気が収まってなんだか楽だった。漢字は表意文字だから、「逆読み」して生じるナンセンスな情報が構造の中に含まれていない。だから混乱しなくて済んだのだ。
 高校生以降くらいからは、ナンセンスな「逆読み」が脳内になだれ込んでくるということはあまり起きなくなった。意味をなさないと瞬時に判断したら、その時点で脳が「逆読み」を打ち切るようになった。そして文章を正しく読むモードと逆から読むモードは、ある程度スイッチの切り換えができるようになった。しかしそれでもこの言葉どうしても逆からの読み方が目にちらつくなと思うときがあり、よく見てみたら逆に読むと別の意味を持った単語になりうる言葉だった。ちょっと付け足すと文章として完成しそうだ。うん、こんなふうにしてみれば、やっぱり……。それが私の回文制作のはじまりだった。ひょっとしたら回文を作っていなかったら「逆読み」の力は消滅していたかもしれない。子供の頃に無意味な文章の洪水に悩んでいたことも、すっかり忘れていたかもしれない。そういう点では、回文を作り続けてきたのはちゃんと意味があった。小さい頃なんであんなに頭の中がぐっちゃぐちゃだったのか、改めて思い返させてくれるきっかけとなったんだから。
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山田航(やまだ・わたる)。
1983年生まれ。歌人集団「かばん」所属。2009年第55回角川短歌賞、第27回現代短歌評論賞を受賞。第1 歌集『さよならバグ・チルドレン』で第27回北海道新聞短歌賞、第57回現代歌人協会賞を受賞。同年、第4回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞を受賞。札幌市在住。

イラスト:タナカ由美