第9回 「ねぽ」との闘い

 目に入る言葉をひっくり返して読んでしまう癖は、英語に対しても発生する。短い英単語ひとつくらいであれば、見た瞬間に逆から読めてしまう。左から読んで得られる普通の言葉は情報量が陳腐化してしまってとっくに飽き飽きしているので、右から読んで未知の言葉に触れて新しい刺激を得ようとしているのかもしれない。
 それでも、あまりに世の中によく見る英単語だと、逆読みにすら食傷してしまっていることがある。その代表例がなんといっても「ねぽ」だ。ねぽ。NEPO。そう、「OPEN」である。店先などにかかっていて、街を歩いていればついつい目に入る「OPEN」の文字列。その罠に私はいつもいつも引っかかっては「あ、ねぽ」と思ってしまうのだ。「CLOSE」だとこうは思わない。「ESOLC」だと日本語で発音できないし何と読んだらいいかわからないので、その時点で「ナンセンス」と判断して逆読みモードを打ち切ってしまう。でも「OPEN」に対してはそれができない。だって「ねぽ」だ。確かに間違いなく意味不明なのだが、子音に母音がちゃんとくっついている日本語的な構造のおかげで、「そういう言葉が本当はあるのではないか」と一瞬錯覚してしまう。そして何よりも、「ねぽ」という響きが絶妙に間抜けだ。だからいつもいつも「ねぽ」にやられる。「ねぽ」。パソコンパーツ・ショップの店名だろうか。ピンク色の髪をしたアニメキャラの名前だろうか。活動内容はよくわからない英語名の組織の、頭文字をとった略称だろうか。変に日本語的な響きを持っているせいで、私は街に氾濫する「ねぽ」を頭の中から払拭することができない。あの店にも「ねぽ」が。ああ、この店にも「ねぽ」が。

 少しお洒落な街に行ったりすると大変だ。そういうところにあるお店やカフェはたいてい気取って看板を英語表記にするから「ねぽ」の大量発生だ。たまには無骨に「開いてます」と書いてあるお店はないのか。
 どうも私は、「無意味な言葉」の存在を心の奥底で拒否しているような気がしてならない。ちゃんとそういう音が存在している以上、自分が知らないだけでちゃんと意味が付随しているのではないか。そういう疑念を捨て切れない。「あらっぱごぱー」という今適当に思いついた意味のない文字列にすら、よく考えてみたら何かの意味があるのではないかと予測してしまう。「あらっぱごぱー」。徳島県に伝わる妖怪の名前か。東北あたりのお米を使った郷土料理の名前か。語感だけで勝手に意味を推測してしまうのだ。

 しかしいつもいつもそんなことを考えていたら身がもたない。無意味な言葉に意味を与えること自体にそもそも意味がない。意味のないことをしていると人間はおかしくなる。だから普段は逆読みモードをあまり発動させずに、自衛につとめている。幸い、英語は読み慣れていないので逆読みをしづらい。日本語よりも逆読みモードを打ち切りやすい。
 それでもなお「ねぽ」はいつまでも追いかけてくる。使用頻度が高すぎるのだ。近年の「逆読みしやすい英単語」界では、「i-pod」=「どぴ」や「i-pad」=「だぴ」も国内におけるアップルコンピュータ社とほぼ同じくらいの勢いでシェアを伸ばしつつあるが、それでもまだ「ねぽ」には到底及ばない。積年の蓄積がものをいっている。
 仕方ないので、最近はもう諦めて「ねぽ」とは「開店しています」という意味の新語なのだと定義することにした。「OPEN」とは「開店しています」の意味の言葉だ。そして「NEPO」も「開店しています」の意味の言葉だ。どうだ。これでもう混乱したりしない。「開店しています」という意味の「ねぽ」という言葉がこの世に誕生したのだ。よかったよかった。最初からこうすればよかったのだ。
 こんな風にして、私の中だけに通用する辞書は少しずつ厚みを増していっている。もしも私と一緒にカフェめぐりをしているときに「OPEN」の看板を見て、顔を見合わせて「やったね、開いてる!」と声を揃えたとしても、私はあなたとは別の言葉を読んでそう発言したのかもしれないのだ。
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山田航(やまだ・わたる)。
1983年生まれ。歌人集団「かばん」所属。2009年第55回角川短歌賞、第27回現代短歌評論賞を受賞。第1 歌集『さよならバグ・チルドレン』で第27回北海道新聞短歌賞、第57回現代歌人協会賞を受賞。同年、第4回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞を受賞。札幌市在住。

イラスト:タナカ由美