第14回 うるわしき回文メイト

 初めて人前で自作の回文を披露したのは、大学で所属していたサークル(クラシックギターのサークルでした)の追い出しコンサートのとき。追い出される卒業生たちがめいめい自由に好きなことを書く冊子を制作したのだが、そのときに回文を発表した。「地球覆う諭吉」「マルクスが探す車」「世界を崩したいなら泣いた雫を生かせ」あたりは、このときの冊子に寄せたのが初出だったはず。いかんせん10年くらい前のことだし、あれからずいぶん引っ越しを繰り返しているし、もう手元にないのでちょっと確認できない。立命館大学クラシックギタークラブで山田と同時期にいた皆さん、ひょっとしたらまだ持ってませんか?
 26歳のときに短歌の賞を頂いて歌人としてデビューしてからもしばらくは、回文を趣味で作っていることを特に周囲に伝えたりはしていなかった。別に人に見せても大して面白がってもらえるものでもないと思っていたからだ。twitterを始めてから、そこで回文のハッシュタグを付けて発表している人がいることを知り、自分でも作ったものをタイムライン上に流してみるようになった。もともと私のtwitterの基本方針が「内容のないことだけをつぶやく」だったので、無内容のきわみである回文はちょうどよかったのである。もっとも、内容のないことを考えるのは、実は内容のあることを考えるよりもずっと時間と体力が要るのだが。

 まあなにしろSNSなので、そういうことをしているうちに少しずつ「回文」を媒介とした交流というのもできてくるようになる。その第一号が羽根弥生さん。短歌も作っている方なので、入口は「回文の人」というよりは「短歌の人」という印象だったけれど。同じ札幌の人で、回文ポストカードを制作したり、電子雑誌に回文の連載を持っていたりする。もともとは中村航&フジモトマサル『終わりは始まり』の回文投稿者だったとのこと。2012年には一緒に「北海道回文ナイト」というUstream番組もしたりした(企画してくれた鯨井可菜子さんは私と同じ「かばん」所属の歌人で、当時福岡在住でしたが、わざわざ飛行機で飛んできてくれました)。「ライオンの一人称はオイラと決まっている」といったようなことを力説して、羽根弥生さんだけとしか分かり合えていない雰囲気が楽しかった。
 そして羽根弥生さんとのつながりから知り合ったのが、小説家で精神科医の神慶太さん。柴田元幸責任編集の「モンキービジネス」という文芸誌でデビューした方で、あまり日本文学っぽくないシュールで幻想的な掌編小説を得意としている。単行本はまだ出ていないはずだけど、いろんな文芸誌に結構たくさん書いているので、どこかの出版社さん出してあげて下さい。「太」の付く名前はだいたい体育会系という私の勝手な偏見を裏切る文化系であり、回文はじめ言葉遊び全般に造詣の深い方である。神さんとはしょっちゅうtwitterでレスバトルをしている。どちらかがダジャレをつぶやくと片方がダジャレを返し、そこからは同じお題をもとにしたダジャレ対決が延々と続くのである。ちょっと実例を挙げてみることにしよう。

シンシナティにさりげなく(山田)→臨時課金にさりげなく(神)→珍味マフィンにさりげなく(山田)→紳士裸身にさりげなく(神)→民意過信にさりげなく(山田)→キンピラ人気さりげなく(神)→神秘エリンギさりげなく(山田)→人事社員にさりげなく(神)→陰気な菌にさりげなく(山田)→銀に砂金にさりげなく(神)→瀕死な狆にさりげなく(山田)→仁義謝金にさりげなく(神)

 説明するまでもないかもしれないけれど、元ネタは『ギンギラギンにさりげなく』(近藤真彦)である。ちなみに作詞の伊達歩はのちの伊集院静。「i・n・i・a・i・i」でひたすらに韻を踏みまくっているので、ダジャレというよりもはやフリースタイルラップのような様相を呈してくる。双方とも韻へのこだわりはハライチ以上だ。ひとたびこのやりとりが始まると頭がひたすらに韻を考えることでいっぱいになり、その間の多幸感は半端ない。アドレナリンが出まくっている感じだ。
 神さんとはこの他にも、アナグラムをぶつけ合うこともある。「高杉晋作」のアナグラムだけで「臭すぎた進化」(山田)、「奸策し過ぎた」(神)、「タンク貸す詐欺」(山田)、「たくさん貸し過ぎ」(神)など計22個のアナグラムを交互に出しまくったこともある。こんな風に延々とアナグラムのやりとりを続けていたのがたまらなく楽しかったので、後に「アナグラムバトル」というものを発案するに至るのである。
 同じ目標を持って一緒に仕事をしたりした人よりも、何の意味も内容も社会的価値も持たない言葉遊びを一度でも共にした人の方が、はるかに信頼できるし心が通じ合えているような気がする。私にはどうもそんなところがあるのだ。自分一人で言葉遊びをしているよりも、他人とやりとりを交わしているときの方が、心の奥底がびりびりと震える感覚がある。何かが共鳴している。なんというか、言葉遊びでコミュニケーションをとっているときが一番、「自分は人間なんだ」ということが心から実感できるのだ。やっぱり、何の役にも立たない無意味なことをするのが、最も人間的な行為だからなのかな。
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山田航(やまだ・わたる)。
1983年生まれ。歌人集団「かばん」所属。2009年第55回角川短歌賞、第27回現代短歌評論賞を受賞。第1歌集『さよならバグ・チルドレン』で第27回北海道新聞短歌賞、第57回現代歌人協会賞を受賞。同年、第4回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞を受賞。札幌市在住。

イラスト:タナカ由美