#8 秋に傾く

 8月の終わりぐらいに、南カリフォルニアでは百日紅が満開になった。裏庭ですいかずらがまたオレンジの色に燃え立つ。9月、学期が始まった。学部の上級ゼミふたつ、院の授業ひとつ。 今学期は人数が去年の秋学期の倍で、必然的に仕事量が多い。それでも、夏の間に本はできるだけ読んでおいたし、こんなにいつも天気が良くて気持ちのいい土地で、日本の書店もあり、ヨガの先生にも恵まれ、無添加無農薬オーガニックの野菜のみの理想的な生活ができることを日々ありがたいと思う。というのも私は別に南カリフォルニアという土地を目指してきたわけではなく、アリゾナから西に続く砂漠が森林に変わり、また時として砂漠になり、それが太平洋海岸線に出会ってオアシスになる場所の住人になるなんていうのは、想定外の成り行きだった。仕事を探していた大学院生終わりかけの頃はどこにだって行くつもりだったから、それこそデトロイトから更に小型機で一時間ほどの凍てついた世界の果て、さびれたポスト工業地帯のキャンパスの任地だって、チャップマン大学からのオファーが来なければ喜んで赴くつもりだった。寒さで言えばモスクワとオタワで生活できたんだから、どこに行っても平気な気がしていた。

 秋学期へのカウントダウンがはじまった夏の終わりのある日、日本からいらした研究者の方とコーヒーをご一緒した。ハンティントンビーチのスタバでお会いした。彼は日本アメリカ学会の主要メンバーの先生で、ベトナム系米小説家でありチャップマン大学ロースクールで教えている同僚のラン・カオさんの翻訳を手がけている。UCアーヴァイン校のアーカイヴで研究をなさりにいらしたのだった。で、その際に「ヒラリークリントンが政権をとったらなぜ悪いのでしょうか」という質問を頂いた。一瞬、答えにつまり、その瞬間にようやく初めて、この選挙はドナルドトランプヒラリークリントンの戦いの幕になっているのだという事実と直面した。アメリカの民主党候補選出(プライマリー)が終わってもう既に数ヶ月がたっていた。一人当たり平均27ドルの献金で一般市民を動員して選挙活動を行ったバーニーサンダースと違い、巨額の選挙活動資金をウォール街と海外政府から受け取っているクリントンは、有権者の声よりも献金者の声を聞く大統領にならざるを得ない。米民主党候補選出のディベートで、イラク戦争やTPPを長らく支持していた彼女の判断力をサンダースが攻撃した時は本当に気持ちが良かった。けれども、そういうことを言っている時期はもう過ぎてしまったのだ。この原稿を仕上げている現時点では選挙は一ヶ月を切った。

 なんとなく、それまでふわふわと夢をみていたかのようだった。8月には既にウィキリークスでクリントンの当選にまつわる数々の不正が露呈されはじめていた。クリントンが当選するようにいるメディア操作をしていたことが記録に残っている民主党党首のワッサーマン・シュルツは、6月の終わりに責任をとって辞めた。その後、民主党プライマリーの投票者のうち少なくともネバダ州とニューヨーク州では民主党レジストリーからサンダース支持者の名前が万人単位で党本部によって消去された可能性が高いことまでわかりはじめてきた。レジストリーに名前がない人の票は当然数えられない。ウィキリークスは更に、クリントン財団のダークな真相も裏付ける文書を上げ始め、そういった事実が明るみに出る都度、クリントンが候補者として失格になるのでは、などと希望的すぎる観測を立ててはため息をついていた。どんな悪いことが露呈しても民主党員たちからクリントンに退陣を求める声は全くなかったし、クリントンは居座るつもりだ、とじわじわとわかってきてはいた。イスラム過激派集団の軍備に直接関与してた(!)という動かぬ証拠があっても、関係ない。サンダースの敗北はそれほどにも決定的だったのだと、目を覚まさないといけない。

 そんな時だったから「なぜヒラリーだといけないんですか」という主旨の質問に内心むせこんだ、その次の瞬間私の応答はオートパイロットに切り替わっていた。これは仕事人の特技というか、私は何かショッキングなことがあっても仕事中であれば外からあまりわからないように振舞うことができる。たとえ中身はショック状態になっていても、仕事をする頭は営業モードになったままであるので人との応対も普通に機能するようなのだ。これは便利な技でありながら極めて不自然なことなので、仕事で人と関わる時間が実際には少ないのはありがたい。残念ながらこういったオートパイロットになっている場合オートパイロットだから頭の方の切れ味は薄れる。「それはサンダースの方がトランプに勝つ可能性が高いといわれているからです」という模範解答に行き着くところまでもいかなかった。多分失礼はなかったと思うけれども、日本から訪米中だったその初対面の方には大した会話をオファーすることもできなかったように思う。

 たとえば、こういうことも言えたかもしれない、とあとで考える。今回の米大統領選挙が日本に及ぼすインパクトに絞って考えるのもひとつだ。TPPの問題を考えないのであるなら、確かにどちらの候補が大統領になっても実際はあまり大差はない。どちらの候補であっても現在の安倍政権を理想的だと認識するホワイトハウスになる。これまで忠実にワシントンDCの要求に応じ、日本の民間からのいくつもの抗議運動をものともせず、集団的自衛権から米軍基地配備まで任せられることを示した安倍政権は、どちらの政権にとっても優等生であり続ける。一見日米関係について常識的以上の知識があるクリントンのほうが比較的良い候補に見えるかもしれない。トランプは日本の再軍備を公言して支持しているし、第2回目のディベートで彼が「お金があるのに自分たちは犠牲を払わないような国には軍事的にもっと責任をもってもらう」と発言したのは日本のことを指しているとしか思えないので、日本の「軍事費」増加傾向に多少拍車がかかるかもしれない。だから、「なぜヒラリーだといけないんですか」という質問は正しい。ただし、TPPは別問題である。クリントンは今でこそ反TPPであってもこれまで45回に渡ってTPPを支持する発言をした過去がある。「公の発言は単なる建前」とウォール街にスピーチをしてきた(!)彼女が一旦大統領の椅子に座ったら選挙公約を守るか全くわからない。将来TPPをリブランディングして違う形で戻そうとする動きが出てきたら、そのバージョンのTPP推進に彼女が回る可能性は高い。その点、クリントンにならない方が日本の一般人の生活にはよい可能性があるように私は思う。

 米文学を教える人間としてアメリカの政治の動きを把握することは仕事の一環である。本当のことをいえば、大学院に行くまで私の政治に対する興味はゼロに等しく、アメリカの民主党の党首が誰かなんて知ろうとも思わなかった。院生の頃には、大学を相手取って院生の健康保険を勝ち取るためのデモに参加する羽目になって戸惑ったぐらいだった。今年で大学で教える身になって15年目になる。面倒を見た生徒は1,000人を超える。大学とは単に専門知識を詰め込む場所ではなく、物事の善悪を見極める目を養う学部生を育てる場所であると認識している。私の授業では単に耽美主義的理由で教材を選ぶわけではなく、今の世の中がどう動いていて生徒に何を考えさせないといけないかということを念頭に置いて選択している。 次の世代に受け継いでいってもらわないといけない道徳的価値観がある。ピンポイントで言えば、大学教育を受けた者として最低限、自分の属する社会で一番弱い立場の者がどこにいるかを把握し、擁護する人間を育てないといけないと思っている。良心を忘れない、お互いを助け合える、恵まれた環境をありがたいと思える、それゆえにハッピーな大人を創り出していくのがアメリカのリベラルアーツと呼ばれる理想的教育の形だと思っている。

 私達の身体は毎日なんらかの衝撃を受けている。精神的に衝撃を受けた時、身体のどこかが硬直する。顎かもしれないし、肩かもしれない。神経系統の中枢部分である背骨に沿ってかもしれないし、重い頭を支える首かもしれない。 理由は何にせよどこかが小さく悲鳴をあげている。息をあてて欲しがっている。緩めて欲しがっている。だから、私はヨガに行く。今学期は授業が重いので週に2回はどうしてもヨガにいけないのがつらいけれども、一時的なものとして諦めている。デジタルライフから身を切り離して呼吸と血液循環を整えるためにスタジオに行く。そして、栄養補給(エネルギー補給ではなく、純粋な意味での栄養補給)と水分補給(でのPH調整)をする。きっちり睡眠をとる 。


 通る風が秋らしくなってきても、午後はまだ時折熱い太陽が照っている。去年庭先に気持ちよさそうに寝ていた猫は数週間前に獣医先で息を引き取った。新しい猫がこの家に来る予定はしばらくなさそうで、残念だ。誕生日に何が欲しい?と昨日ある人が聞いた。東京の実家に猫を押し付けてきた人間としては、猫!とはさすがに言えない。11月で、40歳になる。特に欲しいモノは何もない。いつか東京のメトロポリスで自分とは一体何なんだろう?自分の存在意義とは何なんだろう?と答えのない質問を持て余した20歳の時に少なくともああいう40歳になりたいと思った、そういう40歳になろうとしている。教える授業が今より少し楽になるといいんだけどな、それは誕生日にもらえるものでもないしな、なんて考える。次の20年計画を企て始めることにした。
(2016年12月)
孫崎玲 20/21世紀英語米文学。チャップマン大学准教授。カリフォルニア州、オレンジカウンティ在住。
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