#9 暗闇と希望

 東京の実家に預かってもらっていた猫が星になった。

 院生の頃、ある夕方帰宅すると仔猫が私の玄関にいたのだった。捨てられたのだろうか、野原で生まれて親とはぐれたのだろうか。飢え、渇き、野生で勝ち目のない戦いをしてきたのは明らかだった。バージニアの冬は寒い。あまりに小さすぎたその猫はお腹を空かせてうずくまっていた。私自身は博士課程修了、博士論文を書きながら教職を得ようとその片田舎の大学街で人知れず苦戦していた。既に担当教官と会うのもコーヒーハウスになっており、キャンパスには教えに行くだけだった。 一時帰国するつもりもなく、それから日本に帰らず3年の年月がすぎることになる。

 別に私がアメリカで仕事を得なくてもいいと思っていたと、最近父が書いていた。しかし当時の私はじりじり追い詰められ、最後の年は背水の陣のような心持ちだった。アイビーリーグ含めてアメリカ全国のトップレベルの博士プログラム卒業生と教職を競い合うのだから、楽じゃなかった。英米文学という分野で日本人なんて時空を見渡す限りひとりもみあたらなかった。時として未来の彼方に希望の光がちらつくような気がする、なんてことは皆無だった。競争は激しく、体裁だけの勝負は通用しないが体裁が悪ければやはり仕事をとれるわけでもない時代になっていた。
 溺れるような絶望感のうちにいながらも、朗らかな印象を与えないといけなかった。学者なんだから仕事場は散らかり放題でいいはずだったが、時間の有効性を考えると整理整頓ができるのは必須になった。
 あたしは個人プレイヤーなの、などと言ってられず、英文科というチームの一員として何かを提供できる人間にならないといけなかった。 一緒に仕事をしたいと思わせなければいけない。人間としてかなり変わっていった頃だった。
 もちろん限界まで頑張ってだめだったら帰れる場所があるのはわかっていたし、わかっていたから頑張れたのかも知れない。ただ、東京でぬくぬくと適当に生きるのはもう嫌だったのだ。価値のあるものに挑戦し、自分で全力で行きているという実感が欲しかった。行けるところまで行きたかった。仔猫は近づいても逃げなかったから、抱き上げ、家の中に入れてあげた。そのうち大きくなって元気になって、野原を駆け巡るようになった。お礼に外からネズミを捕まえてきて弄び、得意気な声で私を呼ぶのには困ったけれど、あの猫がいなかったらこれまでの人生で極限に試練的であった時期をひとりで乗り切れたかどうかわからない。
 その猫が死んだ今年、トランプ政権が発足した。それと同時に、あるグローバルな時代も幕を引いたような印象を受ける。すぐさまグリーンカード申請の過程で必要なH1Bといわれるワークビザの枠における申請者の年収引き上げがあり、エントリレベルの研究者がもらえるサラリーの範囲ではなくなった。私自身は既にグリーンカードを所持しているので直接関係ないけれども、これから先新たに私のような外国人が教職に就いたあと合法に国内に滞在するのは難しくなるかもしれない。移民ビザの弁護士さんたちが方法を見出すかもしれないが、現時点では、「アメリカファースト」を選挙公約に掲げたトランプは、少なくとも大学教員という職種においてはそれを守ったのだった。アメリカの大学は長らく、 過去に人種や性別その他の要因で歴史的弱者をつくりだして来たことを反省して多様性を大切にする、民主主義のプラクティスがおこなわれる現場であった。その性質はトランプの勝利で変わっていくかもしれない。

 この秋学期、私は人文学を教える自分の責任とはなんだろうとかなり慎重に授業を行っていた。教えはじめてからは16年目で、人数なんて目安でしかないけれども面倒を見た生徒は単純計算で1,000人を超えている。その間育った認識として、大学は単に専門知識を詰め込む場所ではなく、物事の善悪を見極める目を養う学部生を育てる場所であるという考え方がある。私の授業は文学を扱うけれども、今の世の中がどう動いていて生徒に何を考えさせないといけないかということを念頭に置いてテキストを選択をしている。 大学教育を受けた者として最低限、自分の属する社会で一番弱い立場の者がどこにいるかを把握し、擁護する人間を育てないといけないと思っている。良心を忘れない、お互いを助け合える、恵まれた環境をありがたいと思える、それゆえにハッピーな大人を創り出していくのがアメリカのリベラルアーツと呼ばれる理想的教育の形だと思っている。
 でも、アメリカ国内では既に何かが死にむかっていたように思う。冷戦構造の終焉と共に自由市場経済はその本質的な良さを絶えず証明する必要がなくなり、民主党政権の下でもビル・クリントンがどんどん規制緩和を推進、バラク・オバマの第一次政権では企業が個人と認められる選挙資金提供できるようになり、大統領選挙に必要な金額はもはや昔の比ではなかった。民主党候補になったヒラリー・クリントンはウォール街とリベラル富裕層、そして自身の財団を通して培った海外資本でそれを賄おうとしていた。99パーセントと呼ばれる中間層以下の候補であったバーニー・サンダースが対抗馬として驚くべき額のファンドレイジングをしていたが、メディア操作やいくつかの州では不正選挙行為で最終的にはヒラリー・クリントンが民主党候補になっていた。民主党はアメリカ国民の最大幸福の追求ではなく、米財界の利潤追求を偽善的な候補で勝負に出たのだ。
 だから選挙が行われた秋学期に、実際問題として参政権の行使を促すことは躊躇なくできても、トランプとヒラリー・クリントンのどちらを選ぶかという事柄についてどこまで意見を言うべきなのだろうか?と考え込んだ。院生時代の先生方の中には生徒に選挙について意見をはっきりさせる人もいたけれども、問題はその際の選挙が今回の選挙と全く違うものだったということだった。
 どちらの候補も怪物だった。トランプが勝てば女性やマイノリティーへの差別的態度が最高裁を筆頭に要職につく人事に現れるであろうことは認識できたし、それは困ったことだともちろん思っていた。しかし、クリントン政権発足もネオリベラリズムの形作る経済的構造的存続を意味し、決して多くのアメリカ国民にも日本も含めてアメリカが指導権を握るグローバル経済の餌食になる国の国民にも物事がよくなるとは言い切れなかった。
 もちろんカリフォルニア州の票が保守・共和党にいくことは考えにくかった。私がどんなことを言ってもクリントンの圧勝が最初からわかっている、そういう州に住んでいる。だから、一回だけ、こう言った。 残念ながら今回の大統領候補は両方とも問題を抱えています。問題から目を背けないように。自分の候補の短所からもしっかり目を外さずに、投票しに行ってください。自分の立場だけでなく、社会的に弱い立場の者のことをきちんと考えてください。それ以外は、沈黙を守ることにした。アメリカの民主主義が侵食される中、あるべき姿のアメリカの民主主義に対して、外国人である私は何も言わないことで国家の主権に対する敬意を表するべきではないかと考えたからだった。実際にトランプ政権が発足した今、その立場が正しかったかわからない。

 選挙当日は夜7:00から9:50まで授業があった。正直をいうと、シラバス作成時点でこの日が選挙の日だということを組み込んでいなかった。授業のはじまりに生徒のほとんどが心ここにあらずといった顔つきでデバイスをいじっていたので、これは授業にならないと早々にふんで、とっさに課題を考えて文章を書かせて解散するしかなかった。私は幸いその次の日は授業をしない日だったのだけれども、トランプの勝利が確定した日、授業中に泣き出す生徒も先生もいて授業にならなかったクラスもあったと聞いている。
 そんな政治の移り変わりに精神面でのダメージを訴える人が増えたらしい。無理もない。連日のニュースの暗さはこれまでに見たことがない。眼を見張るヘッドラインにいちいち表情を変えることすらなくなった。私の知っているセラピストは、まず自分のまわりにフォーカスを移すことを勧めている。
 政治がどうなっているか追うのは正しいけれども、政界を一個人が動かすことは難しい。ローカルレベルでまず自分の地区を代表している政治家が誰なのか知り、その議員に働きかけることも大切かもしれない。仕事を通して物事を変えようとするのもいい。でもそれ以前に自分と家族や近い人々との繋がりはそもそもどうなのか。こういう時代を乗り切るのには、自分のまわりをまず見つめ直す必要がある。できることをしているのだという意識があるだけで喪失感に立ち向かうことは可能だと提案する。
 そんなわけで、このあいだ、はじめて母校であるアマースト大学の南カリフォルニアネットワークが開催する集りに行った。キャサリン・サンダーソンという心理学の教授が「幸せ」についてあるレクチャーを卒業生の家でしてくれるという催しだった。幸福感と関係あると思われがちなものに、以下の事柄がある。もっとお金があったら。もっと住みやすい気候の場所に住んでたら。この学校に入ったら。あの仕事に就いたら。結婚したら。子供を持ったら。人はこれらの種の事柄に希望を託し、幸福感を先に伸ばしがちであるけれども、科学的データをみるとある程度以上は必ずしもそういったものの達成と幸福感は呼応しないらしい。
 そのかわり、呼応するとわかっている事柄もある。小さな親切の積み重ね。人と自分を比較しない思考。物事を良く見る思考の意識的切り替え。モノより経験をとる選択。これらの4つの「今」に関するプラクティスが幸福感につながることは、科学的データでバックアップされているという。これらの実践ができるかどうかは、遺伝子にもよるのだそうだ。 誰にも暗い出来事は必ずある。暗くなかった時代なんてないかもしれない。それでもひとりひとりが計画的に自分の「幸福感」を創り出すことができたら、それはなんて素敵なことだろう。
 私は準備が整い次第、新しくシェルターから違う仔猫を引き取るたくらみを新たにした。
(2017年4月)
孫崎玲 20/21世紀英語米文学。チャップマン大学准教授。カリフォルニア州、オレンジカウンティ在住。
Twitter → Follow @rm4p
instagram → Follow @rmagoleaf