その3 「アニイ」と「ヤマ」

 すしの人気は、いまや世界的だ。和食の代表選手といってもいい。不特定のお客との対面商売だから、必然的に隠語と符牒が生まれる。お客に聞かれては困る品物の在庫状況や値段を、店の従業員たちに知らせなくてはならない。
 富山で海運業を営む家系に生まれたシンちゃんは、育ちが良いから幼少時代にすし屋やそば屋などで食事をした経験がほとんどない。小学生のころから、一人でそば屋に出入りしていた私とは違い、殿様の幼君みたいな育てられ方をしたのだろう。
 そんなシンちゃんが、「すし屋でアニイというのを聞いたけど、どんな意味ですか」と聞いてきた。まあ、皿に載ったすしが回ってくるような店ではなさそうだ。

 アニイとは、「兄い」で、「アンちゃん」ともいう。兄がいれば、弟もいる道理で、どちらが早くこの世に出たかといえば、もちろん兄のほうだ。つまり、先に仕入れた商品のこと。ありていにいえば、古い品で、賞味期限ぎりぎりかもしれない。店としては、アニイのほうから先に売りたいのが人情だ。
 親方が、弟子に「海老は、アニイを出してあげなさい」といえば、「そうか、古いほうを出せといっているのだな」と弟子が理解する。
 客は、「そうか、きっと良い品を出してくれるに違いない」と誤解するかもしれない。
 これが、「アニイを先に出しちまいな」といわれると、客の方は、「ちょっと待てよ、どうもおかしいぞ」と警戒感が生まれる。
 アニイとは大きくて良い品と勘違いした友人がいた。海老を注文して、「アニイのほうを、ください」といったから、すし屋は目をシロクロしたに違いない。今の若者なら、「アニイをいただいても、よろしいでしょうか」とでもいうのだろう。
 アニイは別にすし屋に限った言葉ではない。魚河岸や居酒屋など魚を商う店なら、ほとんど使われている。
 手許の『かくし言葉の字引』(宮本光玄・誠文堂1929)の「あに(兄)」を引くと、「魚屋仲間で古い魚のことをいう。弟より兄は年が古いから」とある。
 よく料理店のガイド本を開くと、「店主は毎日築地の市場に買い出しに行く」というフレーズを見る。あまり価値ある「褒めことば」とは言い難い。築地の仲卸に並んでいる商品が、すべてその日のうちに売り切れるわけではない。売れ残った品は、冷蔵倉庫にしまって、翌日また並べる。市場の仲卸の段階で、すでに兄弟の存在があるのだ。
 山口瞳が、『江分利満氏の優雅な生活』で直木賞を受賞したのは、1964(昭和38)年1月のことだった。10月には東京オリンピックが開催され、12月には受賞作の続篇、『江分利満氏の華麗な生活』が刊行された。
 その一節。江分利は、夜遅く銀座の高級すし屋に入る。まだ早い時間に一度来て、バーを回って戻ってきたのだ。かなり酒が入っている。
<「ワラサの弟、オツマミで……それとお銚子」
「へえ、イナダ一丁、弥助でなく、お酒、ヨロズ!」>(文藝春秋)
 この場合の「弟」は、出世魚のブリの成長段階を洒落たもので、仕入れの新旧をいっているわけではない。イナダはブリの幼名で、関東では、ワカシより大きくワラサより小さい。地方によって異なるが、関西ではイナダはあまり用いられずに、イナダよりやや大きめのサイズをハマチと呼び、メジロ(関東のワラサ)よりは小さい。しかし、今やハマチは養殖ブリの代名詞になった感がある。
 「弥助」は、すしのこと。浄瑠璃「義経千本桜」の鮨屋の名に基づく、と『広辞苑⑦』にある。「握りではなく、おつまみです」という意味だ。ヨロズは数の符牒で「1」を指す。すし屋で「1」は、「ソク」とか「ピン」も使う。
 だいぶきこしめした江分利は、この後「この粉ワサビはよくできている」という嫌味を言って、すし屋と喧嘩になる。先の東京オリンピックの時代は、銀座の高級すし屋といえども、まだ粉ワサビを用いる店も少なからずあったということだ。

 同じく、すし屋や居酒屋で聞く言葉に「ヤマ」がある。調理場の方から、サービスの人に、「鰹(かつお)はヤマだから……」といえば、「鰹は売れてしまってないから、もう注文を受けないでください」という意味になる。
 例によって『国語大辞典』の「山」を引いてみると、ちゃんと載っていました。
「売切れ、品切れ。主に飲食物についていう」
 19世紀の歌舞伎の科白にも、
「何しろ熱くして、もういっぺいくんなせい」
「お気の毒でござりますが、もうやまになりました」
「何だ、もう仕舞か」
 とある。
 1917(大正6)年に久保田万太郎が発表した小説「末枯(うらがれ)」は、明治から大正にかけての浅草を舞台にし、没落する老舗の若旦那とそこにたむろする芸人の世界を描いた佳品だ。先輩作家の水上瀧太郎に言わせれば、「登場人物は、時代の文明に何一つ貢献せず、ただ世の中の流れと共に去っていくだけ」ということになる。親から譲られた店や深川の寮も手放した若旦那の鈴むらは、訪ねてきた古い芸人の扇朝に酒を振る舞う。
<「あの、お酒屋さんへ行ってまいります。」
 台所からおのぶが来ていった。
「もうヤマかい。」
「其奴(そいつ)は事だ。」鈴むらさんは笑って、「扇朝、どうせもう今日は夕方まで空いている体なんだろう。」>(『末枯・続末枯・露芝』岩波文庫))
 客の扇朝が酒屋へ行き、帰りに魚屋でなにかみつくろってくることになった。水上瀧太郎は、「浅草は東京の下町といっても、日本橋と浅草では大きな違いがある。あまり上等ではなく、どちらかといえば場末だ。浅草の人は浅草を知れば知るほど、浅草以外の世界のことを知らない」と冷たい。
 普通の商家の跡取りが、さりげなく「ヤマ」と口に出すのは、浅草だからこそといえるのだろう。
 ヤマは「山」から出たのだろうが、「山」は各方面の隠語に用いられている。数を表す場合も、荒物屋、畳屋、履物屋では、2を意味する。Vの字を逆さにすれば、二画で山の形になる。芸人、理容業、茶商、賭博などでは、3。三角形の△を山に見立てた。材木商、大工の世界では8となる。八の形を山と見たのだろう。
 他にも警察関係で、事件をヤマということが多い。今度のヤマ(事件)は、「暴走族がからんでいそうだ」などと使う。犯罪者の間では、刑務所を指す場合もある。
 では、なぜすし屋や料理店でヤマが売り切れを意味するのか。スシの種は魚で海のものだから、山の物はない、と説く人もいるが、もう一つ説得力に欠ける。
 山の頂上を超えると、下る一方で、もう何もないから、という説が有力だ。また、すし屋の種が並べてあるガラス製のケースに、葉蘭(はらん)を三角に折って、種のあいだの仕切りとする店があるが、その葉蘭を山に見立て、売り切れると外すところから、という説もあるが、『末枯』を読む限り「後付け」の感が否めない。第一、ガラス製の冷蔵ショーケースがすし屋に登場するのは、戦後の昭和20年代後半以降のことだろう。
「売り切れ」とか「なくなりました」は、縁起があまり良くない。忌み言葉だ。逆に「山のようにある」とか、「山積みですよ」といえばいかにも景気良く聞こえるから、一種の「反語」なのかもしれない。
 さるグルメ雑誌で、すし屋の隠語を紹介していたが、シャリに、ガリ、ゲソ、お愛想を取り上げていた。これらの言葉は、隠語といえば隠語だが、すべて『広辞苑』に載っている普通の言葉だ。すし屋の隠語なら、山口瞳が書いた「ヨロズ」や「召し上がりは、メノジにゲタです」などと板場から奥に知らせる「通り符牒」くらいは取り上げてほしかった。「メノジにゲタ」は5300円を指す符牒だ。その「謎とき」は回を改めて、説明する。
「アニイ」と「ヤマ」の意味がいたく気に入ったシンちゃんは、診察室から受付けの看護士に「アニイの人から入ってもらいなさい」などといっているらしい。最初は「センセイ、いったいどうしたんですか」と看護士から相手にされなかったが、最近では、向こうから「センセイ、精神安定剤がそろそろヤマですよ」と返してくる。(2018・6・6)♢次回は「やばい」で、6月20日更新の予定です。

筆者紹介
▽重金敦之(しげかねあつゆき)1939年東京生まれ。朝日新聞社、大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。著書に『作家の食と酒と』(左右社)、『食彩の文学事典』(講談社)など多数。

登場人物紹介
▽シンちゃん 氏名、住所不詳。1947年東京生まれ。横浜市内の開業医(老年精神医学、音楽療法)。学生時代には、伝説の若者週刊誌の臨時特派記者として、アメリカやシベリア鉄道経由でヨーロッパなどを放浪した。中国少数民族の詩歌を翻訳し、テニス、ワイン、バイオリンなど、幅広い好奇心の持ち主。筆者を「キョージュ」と呼ぶのは、敬愛と揶揄の意が込められている。