その6 半端ない

 サッカーのワールドカップで日本はベスト16に進出したもののベルギーに惜敗し、ベスト8の夢はロシアの大地にはかなく消えてしまった。優勝したのはフランスで、20年振り2回目の快挙となった。日本にとっては、世界の中でも、とりわけヨーロッパの壁は高かったということになる。
 ところで、早くも今年の流行語大賞候補と話題になっているのが、「半端ない」だ。グループリーグ初戦の対コロンビア戦で見事なヘディングシュートで決勝点を挙げたFW大迫勇也選手の活躍から、外国にまで紹介されている。なんでも、2008年の第87回全国高校サッカー選手権大会の準々決勝(2009年1月5日)で大迫のいる鹿児島城西高校は、兵庫県の滝川二高に6-2で勝った。敗れた滝川二高の主将、西川隆裕が、試合後のロッカールームで「大迫、半端ないって……」と、泣きながら称賛したのが、インターネット上で拡散され、大迫の「代名詞」となった。映像は日本テレビ撮影と思われる。
「後ろ向きのボール、めっちゃトラップするもん。そんなんできひんやん。できるなら言っといて……。あいつホンマに半端ないやん」
 さらに、監督が「あれ絶対に全日本に行くな。俺、大迫に握手してもらったぜ。城西応援しよう」と、明るく振る舞って負けた選手たちを和ませた。
 この映像をパロディ化したのが、日清食品のカップヌードルのコマーシャルだ。自社所属のテニスプレーヤー、大坂なおみに負けた外国選手が主役になっている。場所も敗戦後のロッカールームという設定。
「あー、あーっ、大坂、半端ないって。もう球早くて。後から聞こえてくるもん。そんなんできひんやん。普通。知ってたんなら、言っといてえな……」と泣き顔でぼやくと、外人コーチが、「あれはすごいな。大坂なおみを応援しよう」と受ける。しかし、いくらネット上で拡散しているからといって、元の情景(シーン)をどれだけの人が知っているのか、疑問だ。パロディは下敷きになる「本歌」が幅広く知られていないと、あまり意味がない。いくら「大迫」と「大坂」で音が似ているからと言って、同じ関西弁を用いても、無理がある。制作者のアイディア倒れだ。
 ところで、スタンドの応援席に持ち込まれた、ボードには、大きな顔のイラストと「OSAKO HANPA NAITTE」の文字があり、同じデザインのTシャツも出回っている。しかし、顔は大迫と似ても似つかない。なんと9年前に敗れた滝川二高の主将、西川隆裕の顔だった。
 イギリスの高級紙「ガーディアン」の大迫選手紹介にも、「Hampanaitte」とローマ字で紹介され、「awesome」,「incredible」と説明されている。意味は「素晴らしい」、「信じられない」といったところで、「awesome」は、「畏敬の念」から「すごい」にスラング化した経過は、前々回に説明した「やばい」にやや通じるところがある。
「半端ない」は大迫勇也の枕詞というか、立派なキャッチフレーズになっている。テレビで実況を担当したNHKの鳥海貴樹アナウンサーも「半端ないヘディングシュート」と放送した。日刊スポーツによれば、NHKの木田幸紀放送総局長は、翌日の定例記者会見で、「観客席の映像を見て、とっさに考えたのだろう」と発言している。
 大迫の枕詞だとは知らなかったのは無理もないが、「NHKアナとしては、『半端じゃない』というのが普通かな」と、つけくわえた、とある。少しばかりピントがずれているところが、いかにもNHKらしい。
「半端ない」の用法は、大迫に始まったものではない。まず、半端とはどういう意味なのか。『国語辞書』によれば、「①あるまとまった数や量がそろっていないこと。完全な状態ではないこと」とある。さらに「②どちらともつかず徹底しないこと。また、そのことやそのさま。中途はんぱ」とある。
『広辞苑④』には、「①数・量がそろわないこと。はした。②どちらともつかないこと。③気がきかないこと。また、その人。まぬけ。「半端者」とある。
 ③の「気がきかない」というのは、古くから東京に住む人たちの間では、最大の侮蔑語だった。池波正太郎が好んで用いた、「気配り」ができないことだ。
 サイコロ賭博でいう丁が偶数で、半が奇数だ。奇数と偶数に分ければ、半端は「奇」の概念に入る。半の字には、「半可通」とか「半端者」といったマイナスのイメージがある言葉が多い。どこか一人前にはならない中途半端な人物像が浮かんで来る。集団や組織の中に、すんなりと納まりきれない、という意味もあるようだ。八方美人というよりは、圭角が取れない人を指す場合もある。流行りの言葉でいうと、コミュ障(コミュニケーション障害)を抱えているかもしれない。
『広辞苑⑦』を広げると、「①数・量がそろわないこと。はした。②どちらともつかないこと。③することに抜かりがあるさま。まぬけ。」とあり、なんと「半端無い」が、「人出が半端ない」という用法とともにしっかりと載っているではありませんか。さすが、「第七版」だけのことはある。「形容詞(『半端ではない』の省略から)はなはだしい。ものすごい」と、ある。
「人出」や、「桐生良秀の俊足」「大谷翔平の球速」といったように、数量や物事の程度を指したのが当初の用法だったと思われる。それが、奇数というか、割り切れないことを否定することで、逆に「素晴らしい」とか「信じられない」といった最上級の褒め言葉に転用されて行った。陰陽思想によれば、奇数は陽で偶数は陰となる。日本人は偶数よりも奇数を好む。
「なるほど。日本人は七、五、三のお祝いをするし、結婚のお祝いをするのにも、三万円か、五万円、七万円ですものね。二万円の人は一万円札一枚に、五千円札を二枚の計三枚にして祝儀袋に入れるという話を聞いたことがあります」
 とシンちゃんはいう。さらに「日本人は、9を「苦」に通じるといって嫌いますが、香港の金持ちの自動車の番号には、九が沢山並んでいますよ」とつけくわえる。確かに、香港の高級住宅地に行くと、「9999」のように、9の数字がついた自動車番号が多い。日本では、シンちゃんのいうように9は例外としても、1月7日(人日=じんじつ)、3月3日(上巳=じょうし)、5月5日(端午)、7月7日(七夕)、9月9日(重陽)といった節句のお祝いを大切にする。偶数の「8」だけは、末広がりといって好まれるのは例外だ。
 英語では偶数はeven numberで、奇数は、odd number だ。odd にも、「奇妙」といったニュアンスがある。「奇」にも並はずれた、とか優れたという意味がある。奇才、奇功、奇勝などは、本来プラスイメージのいみで用いられたので、変わった才能、といった意味はない、奇功は珍しくて上手なこと、であり、奇勝とは景勝と同じ意味だ。
 シンちゃんは、「フランス語の偶数は、nombre pairで、奇数はnombre impairと言います。フランスやスペイン、イタリア、ドイツなどでは、偶数を現す“対”に対して、奇数は“対ではない”と表現するから、最初に偶数の概念があるんです」と説明する。なるほど、なるほど。
 いずれにしても、「半端」を否定することで、プラスの意味が加味され、「素晴らしい」という意味がより強調されたと考えられる。
 1984(昭和59)年から「新語・流行語大賞」を主催している自由国民社の『現代用語の基礎知識 2000』には、「若者用語」の「風俗・流行」に「パじゃない」が収録されている。説明は「ハンパじゃない」とある。「半端ではない」の頭部分(はん)が省略されて「ぱ」だけが残ったのだ。
「半端ではない」の「では」が俗に流れて「じゃ」となり、やがて省略された。「ない」は荒れて「ねえ」となり、「ねぇ」と短縮化する。現代では、「マジ半端ねぇ」とか「超半端ねぇ」と変化し、いつのまにか半端の半は消えてしまった。今では、「ぱねい」とか「マジぱねぇ」と短くなり、「ぱねぃッス」にまで変形している。
 要は、20年以上も前から「半端ない」という言葉が、広く通用しているのだ。その頃、私よりも少し年輩の一流企業の重役が、「半端ない」を連発していたのを思い起こす。まあ、広告関係の担当で、若い人との付き合いもあるし、流行の最先端を追いかける立場の人だったから、やむを得ないとは思う。こちらも決して堅気の商売とはいえないが、それにしても私は使う気にはなれなかった。
 半端と同じ意味で、「はんちく」という言葉がよく落語に出てくる。「青菜」の植木屋、熊五郎が、出入りのお屋敷の旦那から「ご精が出ますね」と声を掛けられ、「柳陰」に「鯉の洗い」をご馳走になる。旦那夫婦の「隠し言葉」のやり取りを長屋でやってみたくて仕方がない。家の前を通りがかった大工の半公に「植木屋さん、ご精が出ますね」と声を掛けるが、「植木屋はお前だろう。今日は仕事がはんちくになっちまったんで、休みにして湯から帰ってきたところだ」と話がかみ合わない。
 たまたま、大工の名前も「半公」だ。おそらく半次とか半七、半兵衛といったところか。熊五郎や八五郎と同じ職人衆の脇役としてしばしば登場するが、愛嬌があり町内の人気者で、いじられ役が多い。というのも熊や八より、少しだけ教養の匂いが有るからだろう。
 はんちくは、江戸の方言だとする説もあるが、現代ではほとんど聞かれない。『広辞苑⑦』には、「半ちく=中途はんぱ」とある。シンちゃんは、「だいたい半端ないなんて言葉は、はんちくな人に似合うんですよ」と、なかなか辛辣なことを言う。今回「はんちく」なる言葉を初めて知った人の物言い、とはとても思えない。(敬称略、2018・7・18)
次回は「蛸(タコ)」で、8月1日更新の予定です。
筆者紹介
▽重金敦之(しげかねあつゆき)1939年東京生まれ。朝日新聞社、大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。著書に『作家の食と酒と』(左右社)、『食彩の文学事典』(講談社)など多数。

登場人物紹介
▽シンちゃん 氏名、住所不詳。1947年東京生まれ。横浜市内の開業医(老年精神医学、音楽療法)。学生時代には、伝説の若者週刊誌の臨時特派記者として、アメリカやシベリア鉄道経由でヨーロッパなどを放浪した。中国少数民族の詩歌を翻訳し、テニス、ワイン、バイオリンなど、幅広い好奇心の持ち主。筆者を「キョージュ」と呼ぶのは、敬愛と揶揄の意が込められている。